Last Updated on 2026年8月3日 by Co-Founder/ Researcher
アメリカ合衆国上院に提出されたH.R. 3633の全文差し替え修正案は、Digital Asset Market Clarity Actと称し、Division AからDで構成される。第1編はLummis-Gillibrand Responsible Financial Innovation Act of 2026と称し、1933年証券法に第4B条を新設する。ネットワークトークンは付随資産であると推定され、SECへ証明を提出後60日で効力が生じる。Regulation Cryptoによる募集は年間5000万ドル、発行者あたり累計2億ドルを上限とする。Division Cは、合衆国法典第5編第13103条(f)に掲げる公務員とその配偶者を対象に、対価と引き換えのデジタル資産の発行とスポンサーを禁止し、2029年1月20日正午に失効する。第20216条は、自己管理下のデジタル資産が休眠のみを理由に国庫帰属の対象とならないと定める。
From:Amendment in the Nature of a Substitute to H.R. 3633 (Digital Asset Market Clarity Act)
【編集部解説】
法案の名前は「明確化」を掲げています。では、何がどこまで明確になったのか。条文を追うと、答えが一つに定まらないことがわかります。
まず、制度の初期値が想像とは逆でした。第4B条(b)(5)は、ネットワークトークンについて「付随資産である」という反証可能な推定を置いています。つまり何もしなければ、すべてのトークンは開示義務の射程に入る側に置かれる。そこから抜けるには、証明書をSECへ提出する必要があります。異議がなければ60日で自動的に効力が生じますが、能動的に動かない限り推定は覆りません。
「規制されないことが原則」ではないのです。規制される側に一度全部倒したうえで、抜けるための手続を用意した。これが本法案の設計思想だと、私は読んでいます。
もっとも、その手続は事業者に有利に組まれています。SECが否認できるのは原則60日以内で、否認する場合も20営業日以内に意思を通知し、10日間の意見提出期間と口頭陳述の機会を設けなければならない。委員1名の投票で審査に付すことはできますが、その審査によって期限が延びることはないと明記されています。行政側の裁量を、時間で縛る構造になっています。
技術者にとって重みがあるのは、Division Bのほうかもしれません。
商品取引所法に新設される第4v条は、ネットワーク取引の検証、ノードやオラクルの運営、帯域の提供、そして非カストディアルウォレットの開発・配布を、保護対象として名指しで列挙しました。第20216条はさらに踏み込みます。自己管理下のデジタル資産は、休眠や不活動のみを理由に放棄物とみなされず、国庫帰属や取得時効の対象にもならない。これに反する州法は連邦法が上書きします。
秘密鍵を自分で持つという選択が、技術的な好みから、法的に保護された地位へ移る。「Not your keys, not your coins」という業界の標語が、条文の言葉に置き換わろうとしています。
ただし、この保護には輪郭があります。第4v条(b)は、反詐欺・反市場操作・虚偽報告に関する執行権限には及ばないと定めています。保護は「その活動に従事していることのみを理由として」規制されないという構造で、包括的な免責ではありません。
顧客資産の扱いには、2022年のFTX破綻の記憶が刻まれています。第5i条(c)(11)は、取引所に1年分の営業費用と全顧客への財務義務の合計を超える資源の保有を求め、その要件を満たすための資源に、自社や関係会社が創出(originate)したデジタルコモディティを算入することを禁じました。自社が生み出した資産で自社の健全性を証明する、という構造が使えなくなります。
分別保管の枠組み自体は、商品先物取引法第4d条の伝統をほぼそのまま持ち込んだものです。新しい技術のために新しい制度を発明したというより、既存の蓄積へ接続した、と表現するほうが正確でしょう。
一方で、消えたものもあります。
下院が2025年7月に可決したH.R. 3633は、短縮名称に「Anti-CBDC Surveillance State Act」を掲げ、第6編として連邦準備銀行によるCBDC発行を禁じる条項群を収めていました。上院の全文差し替え修正案に、それらは含まれていません。法案冒頭の表題にはCBDCへの言及が残っていますが、これは下院から引き継がれた法案自体の表題であり、修正案の中身を示すものではありません。
英語圏の記事のなかには、この法案がFRBによるリテールCBDC発行を阻止すると説明しているものがあります。上院修正案の条文に照らせば、その記述は成り立ちません。下院版の内容が更新されないまま流通している可能性があります。CBDCを規制する条項は、別の法案に載せ替えられたと見るのが自然です。
そして、最も読み解きに手間がかかるのがDivision Cでした。
対象となる「公務員または職員」は、合衆国法典第5編第13103条(f)を参照して定義されています。法案本文には官職名が書かれていないため、参照先を開く必要がある。そこには大統領、副大統領、連邦議会議員、行政府高官、司法官が列挙されています。この倫理条項は、大統領を正面から対象に含みます。
しかし範囲は本人と配偶者に限られ、子は含まれません。禁止されるのは対価と引き換えの「発行」と「スポンサー」のみで、投資としての保有は明示的に許容されています。就任前から氏名や肖像を使っていた発行体は、対象者が持分を売却した後も、追加のミントや販売を含めて使用を継続できます。提訴できるのは連邦司法長官のみ。民事制裁金は受領した対価の10%または50万ドル(1ドル=157円換算で約7,850万円)の、いずれか少ない額です。
施行は制定から約1年後。そして第30105条は、2029年1月20日正午をもって効力を失うと定めます。合衆国憲法修正第20条により大統領の任期は1月20日正午に終わるため、2025年1月に始まった現在の任期の満了時点と一致します。
さらに(b)項が置かれています。合衆国法典第1編第109条は「一般留保法」と呼ばれ、法律が失効しても失効前の行為への責任は残るという原則を定めた規定です。第30105条(b)は、この原則を名指しで排除しました。失効日を過ぎれば、それ以前の行為についても責任を問えなくなります。期限付きの禁止に、期限到来時の免責が組み合わさった構造です。
これを抜け道と読むか、憲法上の権力分立への配慮と読むかは、立場によって分かれるでしょう。ここは解釈の領域です。ただ、条文がそう書かれていることは動きません。
制度を持つ国と持たない国の差は、いま急速に開いています。EUのMiCAは2026年7月1日に全27加盟国で完全施行に達しました。日本には資金決済法と金融商品取引法の枠組みがあり、米国はいま、証券・デジタルコモディティ・ステーブルコインという三層構造を作ろうとしています。同じ技術に対して、三つの法体系が別々の答えを出しつつある。
日本の読者にとって、この法案は「海外の動き」では終わりません。私たちが日常的に触れているサービスの多くは、米国の規制設計の上に立っています。上場基準の変更は取り扱い銘柄に及び、開発者保護の射程は、どこで何を作れるかを左右します。
そして、法案の多くの論点が「委員会が規則で定める」に委ねられています。付随資産の判定基準、協調的支配の定義、関連する人の売却上限。条文が確定しても、本当の輪郭が見えるのは規則制定が終わってからです。制定から360日という期限が随所に置かれており、実務が動き出すのは、そこからになります。
法律は、技術に追いつこうとして書かれます。しかし条文を読むと、追いついているのは技術そのものではなく、その技術をめぐって起きた事故や利害の記憶のほうだとわかります。FTXの破綻が財務資源の要件になり、自己管理という選択が権利の言葉に翻訳され、政治的な緊張が失効日の日付として残る。
未来の技術がどう社会に組み込まれるかは、こうした条文の一行一行に書き込まれていきます。読み解く価値があるのは、そのためです。
(※ 本文中の円換算は1ドル=157円で算出しています)
【用語解説】
デジタル資産市場明確化法(Digital Asset Market Clarity Act)
下院可決法案H.R. 3633に対する上院の全文差し替え修正案の名称である。Division AからDの4部構成で、証券法・商品取引所法・連邦破産法・政府倫理法などを横断的に改正する。
付随資産(ancillary asset)
ネットワークトークンのうち、その価値が創設者(originator)または関連する人の起業家的・経営的努力に依存しているものを指す。この状態にある間はSECへの開示義務の対象となる。努力への依存が解消されれば、証明手続を経て義務が終了する。
ネットワークトークン
分散型台帳システムに本質的に結び付き、そのシステムの利用から価値が生じるデジタルコモディティを指す。証券諸法の適用上は非証券として扱われる。ただし債務・持分・清算権・配当受領権や、投資会社への持分と機能的に同等の権利を伴う場合は該当しない。分散型ガバナンスシステムからの価値移転は、この失格事由から除かれる。
反証可能な推定(rebuttable presumption)
一定の事実が原則として成立するものと扱い、反対の証拠が示された場合に限り覆る法律上の仕組みである。本法案では、ネットワークトークンは付随資産であると推定される。
Regulation Crypto
本法案がSECに策定を命じる新しい規則群の総称である。一定額以下の付随資産の募集について、証券法の登録義務を免除する枠組みとなる。免除の上限は年間5000万ドル(1ドル=157円換算で約78億5000万円)、発行者あたり累計2億ドル(同約314億円)である。
デジタルコモディティ
仲介業者に依存せず個人間で保有・移転でき、分散型台帳に記録される代替可能なデジタル資産を指す。ミームコインを含む一方、決済用ステーブルコイン、銀行預金、証券デリバティブなどは除外される。
中央銀行デジタル通貨(CBDC)
中央銀行が発行するデジタル形式の法定通貨を指す。米国では、決済履歴が政府に把握されることへの懸念から、発行を禁じる立法が繰り返し提起されてきた。
Anti-CBDC Surveillance State Act
連邦準備銀行によるCBDCの直接・間接の発行、および金融政策への使用を禁じる法案である。下院可決版H.R. 3633では第6編として本体に組み込まれていたが、上院の全文差し替え修正案には含まれていない。
FTX
2022年11月に経営破綻した暗号資産取引所である。自社が発行したトークンを資産として計上し、顧客資産を関連会社の運用に流用していた構造が破綻の要因とされた。
MiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)
EUの暗号資産市場規制である。発行体と取引業者の許認可、開示、資本要件などを域内で統一的に定める。
一般留保法(合衆国法典第1編第109条)
法律が廃止・失効しても、廃止前の行為に対する責任は消滅しないという米国法の原則を定めた規定である。本法案の第30105条(b)は、この原則を明示的に排除している。
合衆国憲法修正第20条
大統領および副大統領の任期が1月20日正午に終了することなどを定めた条項である。1933年に成立した。
国庫帰属(escheat)
所有者が不明または権利を放棄したとみなされる財産を、州が引き取る制度を指す。米国では、長期間動きのない銀行口座や証券が対象となってきた。
非カストディアルウォレット
秘密鍵を利用者自身が管理し、事業者が預からない形式のウォレットを指す。取引所などが鍵を保管するカストディアル型と対比される。
ノード/オラクル
ノードとは、ブロックチェーンネットワークに参加して取引の検証や台帳の保持を担うコンピュータを指す。オラクルとは、価格情報など台帳の外部にあるデータをブロックチェーン上へ供給する仕組みを指す。
分別保管(segregation)
顧客から預かった資産を事業者自身の資産と区分して管理する義務を指す。米国の商品先物取引では、商品取引所法第4d条により長年運用されてきた。
Not your keys, not your coins
秘密鍵を自分で保有していなければ、その暗号資産を真に所有しているとはいえない、という意味の標語である。取引所の破綻が相次いだことで広く定着した。
【参考リンク】
U.S. Securities and Exchange Commission(SEC)(外部)
米国の証券規制当局。本法案では付随資産の開示義務、証明手続、Regulation Cryptoの規則制定を担う。
U.S. Commodity Futures Trading Commission(CFTC)(外部)
米国の商品先物規制当局。Division Bによりデジタルコモディティの現物市場と仲介業者を所管する。
Board of Governors of the Federal Reserve System(外部)
米国の中央銀行制度の最高意思決定機関。下院可決版のCBDC禁止規定は傘下の連邦準備銀行が対象だった。
U.S. Office of Government Ethics(外部)
連邦行政府の倫理制度を所管する機関。大統領・副大統領の財務開示報告書の提出先にあたる。
Congress.gov — H.R. 3633(外部)
米国議会の公式データベース。下院可決版と上院委員会段階の条文を対照でき、削除箇所が明示される。
Cornell LII — 5 U.S. Code § 13103(外部)
合衆国法典第5編第13103条の全文。財務開示義務者として大統領・副大統領以下を列挙している。
Cornell LII — 5 U.S. Code § 13105(外部)
報告書の提出先を定めた条文。大統領と副大統領が政府倫理局長へ提出する旨を規定している。
【参考記事】
Text – H.R.3633 – 119th Congress: Digital Asset Market Clarity Act(外部)
下院可決版と上院委員会の削除部分を対照表示。第6編の反CBDC条項が削除対象として示される。
Titles – H.R.3633 – 119th Congress(外部)
法案に付された名称の一覧。表題が法案自体に付随し、修正案の内容を示さない経緯を確認できる。
5 U.S. Code § 13103 – Persons required to file(外部)
Division Cが参照する条文。(f)項が大統領、副大統領、連邦議会議員など12類型を列挙している。
Text – S.1124 – Anti-CBDC Surveillance State Act(外部)
CBDC禁止を単独で規定した上院法案。連邦準備法第16条の改正により金融政策での使用を禁じる。
US Crypto Policy Tracker: Legislative Developments(外部)
2026年5月14日の上院銀行委員会可決(15対9)、6月1日のカレンダー登載などを時系列で記載。
CLARITY Act Heads to Federal Hall With Senate Vote in Doubt After Ethics Impasse(外部)
2026年7月時点の審議状況。統合ドラフト公開と民主党3議員の反対表明、MiCA完全施行を報じる。
【Crypto Verse関連記事】
CLARITY Act上院統合ドラフトの条文分析(付随資産推定・反CBDC条項削除・倫理規定2029年失効)を、より広い文脈で理解するための関連記事をご案内します。米国CLARITY Actシリーズの経緯・機関投資家の関与深化・日本の制度整備・EU MiCAとの三極対比を横断的に読むことで、暗号資産をめぐる法体系の分岐が立体的に見えてきます。
CLARITY Act シリーズ(時系列で読む)
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- 「Coinbase 支持」の裏で膠着するCLARITY法案、トランプ氏の利益相反懸念が突きつける難題 → 本記事のドラフト公表直前の膠着状況を扱った、直接連動する姉妹記事。「膠着期」「統合ドラフト期」の間に何が動いたのかを立体的に理解できます。
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AI×身分証・本人性インフラ
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- Worldcoin(WLD)はヘイズなしで価格を保てるか—AI時代の身分証トークンを読む → 本記事の投資家保護論点と並ぶ、身分証トークンの市場動向事例。
基盤チェーン解説
- Solanaとは?高速・低コストのブロックチェーンの仕組みと特徴を徹底解説 → 本記事のネットワークトークン動向と並ぶ、主要ブロックチェーンの構造解説。
- XRP Ledger(XRPL)とは?分散型ブロックチェーンの仕組みと特徴を徹底解説 → 本記事のネットワークトークン動向と並ぶ、機関金融向けブロックチェーンの構造解説。
- Hyperliquidとは?HYPE基盤のレイヤー1ブロックチェーンとオンチェーンCLOBアーキテクチャの完全解剖 → 本記事のデジタルコモディティ動向と並ぶ、レイヤー1ブロックチェーンの構造解説。
決済プラットフォーム動向
- X Money決済とは?イーロン・マスクが描く「総合金融プラットフォーム」の正体 → 本記事のCLARITY Act動向と並ぶ、別経路(プラットフォーマー主導)での金融プラットフォーム構想。
【編集部後記】
Congress.govのH.R. 3633のText欄を開くと、上院委員会が削除した部分にDELETEDタグが付いています。第6編のAnti-CBDC Surveillance State Actがそこに並んでいる。何が落とされたかが、そのまま読める形式です。
同じページで下院可決版と上院修正案を行き来すると、条文の増減が政治の記録として見えてきます。
気になっているのは、第20216条(b)(3)の線引きです。自己管理下の資産は国庫帰属を免れる一方、カストディアンが顧客のために保有する資産には従来どおり州の未請求財産法が及ぶ。取引所が破綻して顧客資産が宙に浮いたとき、それはどちらの側に立つのか。
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※本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
詳細は当サイトの免責事項をご確認ください。
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