Last Updated on 2026年6月14日 by Co-Founder/ Researcher
Coinbase は米国の議員に対し、ステーブルコイン決済へのキャピタルゲイン課税の要件を撤廃し、少額の暗号資産取引を煩雑な報告ルールの対象から除外するよう求めた。
2026年6月9日、同社の税務担当バイスプレジデントであるローレンス・ズラトキン氏が下院歳入委員会(House Ways and Means Committee)で証言し、ドルにペッグされた連邦規制下のステーブルコインは税務上は額面で扱われるべきだと主張した。
また、マイニング・ステーキング報酬への課税繰り延べや、ウォッシュセール・ルールに18〜24か月の移行期間を設けることなども併せて要請した。
From: Coinbase urges Congress to scrap taxes on stablecoin spending
【編集部解説】
今回の証言を理解する出発点は、米国の現行税制では暗号資産が「財産(プロパティ)」として扱われている、という点にあります。株や不動産と同じ扱いのため、原理上はステーブルコインでコーヒーを一杯買うだけでも、その瞬間に値動きが生じていれば損益を計算し、申告する義務が発生します。Coinbase のローレンス・ズラトキン氏が「実務上ほとんど意味のない負担」と訴えた背景には、この構造的な無理があります。
ここで一つ、見出しの言葉には補助線を引いておきたいところです。「課税撤廃」と聞くと暗号資産そのものへの課税がなくなるように響きますが、Coinbase が求めているのは、ドルと1対1で設計されたステーブルコインを税務上は額面(フェイスバリュー)で扱い、決済のたびのキャピタルゲイン計算を不要にする、という限定的な変更です。投資で得た利益への課税が消えるわけではありません。
数字の面でも、原記事を一歩補っておきます。Coinbase が支持したヤキム議員の法案(Less Tax Paperwork for Digital Asset Owners Act)は、10ドル以下のネットワーク手数料を免除する一方、前年に5,000件を超える取引を行った人は原則として対象外とする、という線引きが設けられています。原記事はこの条件に触れていないため、無制限の免除と誤読しないよう注意が必要です。
そして見落とせないのが、今回の下院法案群には、ビットコインなど一般の暗号資産を使った日常決済を広く免除する規定が含まれていない、という事実です。だからこそ Coinbase は「より広範な少額免除」をあえて求めています。上院側ではルミス議員が1取引300ドル・年間5,000ドルを上限とする、より踏み込んだ案を提示しており、上下院の間にはまだ温度差が残ります。
技術的に最も実装が難しいと指摘されたのが、ウォッシュセール・ルールです。これは「同じ資産を短期間で売って買い戻すと損失計上を認めない」という、株式市場の租税回避防止策を暗号資産にも広げる構想です。ところが暗号資産は、中央集権型取引所、分散型の流動性プール、自己保管ウォレットをまたいで24時間取引され続けます。これらを横断して違反をリアルタイム検知できる統一データ基盤は、現時点で存在しません。18〜24か月という移行期間の要求は、業界の駆け引きというより、インフラが未整備であるという現実に根ざした要望だと読むのが妥当でしょう。
一方で、この証言を Coinbase 単独の主張として受け取るのは早計です。同じ公聴会には Fidelity や Coin Center、NYU の Tax Law Center も証人として出席しています。さらに公聴会の外でも、米国銀行協会(American Bankers Association)が「暗号資産が伝統的金融資産より有利になりかねない」と懸念を示しています。民主党のホースフォード議員も修正を求めて慎重な姿勢を示していると報じられており、論点は依然として割れています。
長期的な視点では、この動きは「ステーブルコインの GENIUS Act」「市場構造の CLARITY Act」に続く第三の柱、すなわち税制を整える試みと位置づけられます。税のルールが日常使用のコストを左右する以上、ここが詰まらなければ前の二つも十分には機能しません。ただし今回はあくまで討議用の草案を扱う公聴会であり、法律として成立したわけではない点は、冷静に押さえておくべきでしょう。
【用語解説】
キャピタルゲイン課税
資産を売却・使用した際に生じる値上がり益(譲渡益)に対する課税。米国では暗号資産が「財産」として扱われるため、ステーブルコイン決済のような少額取引にも原理上この計算義務が及ぶ。
ウォッシュセール・ルール
資産を売却して損失を計上した後、売却前後30日以内に同じ資産を買い戻した場合、その損失計上を認めない租税回避防止策。株式市場で先行し、暗号資産への適用が議論されている。
ステーキング/マイニング報酬
ブロックチェーンの維持に貢献した対価として新たに付与される暗号資産。バリデーター(ステーキング)やマイナー(マイニング)が受け取る。報酬を「受け取った時点」と「売却した時点」のどちらで課税するかが争点である。
下院歳入委員会(House Ways and Means Committee)
米国下院で税制を所管する中心的な委員会。本記事の公聴会の主催者であり、デジタル資産税制法案を審議する場となった。
GENIUS Act
連邦レベルでステーブルコインの枠組みを定めた米国の法律。州の監督ルールを整合させる動きの基準となっている。
CLARITY Act
暗号資産の市場構造を規定する法案。下院を通過し、上院での審議が続いている。特定のステーブルコイン報酬プログラムの存続にも関わる。
IRS(米内国歳入庁)
米国の税務行政を担う連邦機関。デジタル資産を「財産」として扱い、暗号資産の損益申告や報告ルールを所管している。
【参考リンク】
House Ways and Means Committee(下院歳入委員会)(外部)
米国下院の税制所管委員会。今回のデジタル資産税制公聴会の主催者で、関連法案や証言資料を公開している。
Ripple(外部)
暗号資産XRPを活用した国際送金などを手がける企業。Coinbase とともに CLARITY Act の前進を議会に呼びかけた。
Paradigm(外部)
暗号資産分野に特化した投資企業。第三者企業の報酬を制限しかねないステーブルコイン規制案の見直しを FDIC に求めている。
New York State Department of Financial Services(NYDFS)(外部)
ニューヨーク州の金融監督機関。州のステーブルコイン監督を GENIUS Act の要件に整合させる提案を出している。
FDIC(米連邦預金保険公社)(外部)
米国の預金保険・金融機関監督を担う連邦機関。Paradigm からステーブルコイン規制案の一部見直しを求められている。
【参考記事】
Congress Proposes New Tax Rules For Digital Assets(NFT Plazas)(外部)
ヤキム議員案が10ドル以下のガス代を免除する一方、日常購入は課税対象のままと整理した記事。
Congress Gets 7 New Crypto Tax Bills: Here’s What’s In Them(Decrypt)(外部)
下院共和党が回付した7本の暗号資産税制法案を解説。日常決済への広範な免除には踏み込んでいないと指摘する。
Crypto Tax Hearing June 2026: De Minimis, Staking & Wash-Sale Rules(Spoted Crypto)(外部)
公聴会を「方向性を定めるもので法律ではない」と位置づけ、上院ルミス案との差にも言及した記事。
Coinbase Calls for Simpler Crypto Tax Rules at House Hearing(The Crypto Times)(外部)
ズラトキン氏の証言を詳報し、ヤキム議員案・ケアリー議員案の内容を整理した記事。
Congress Debates Major Crypto Tax Overhaul in House Hearing(The Crypto Times)(外部)
米国銀行協会の懸念やホースフォード議員の慎重姿勢を伝え、賛否が割れる構図を補う記事。
‘Third leg of the stool:’ House lawmakers set to debate crypto tax bills(The Block)(外部)
税制を GENIUS Act・CLARITY Act に続く「3本目の柱」と位置づけ、証人構成を整理した記事。
【Crypto Verse関連記事】
本記事のCoinbase税制改革要請・ステーブルコイン決済課税・ウォッシュセール・GENIUS Act/CLARITY Actとの位置づけ・暗号資産税制の構造的背景をより深く理解するための、Crypto Verseの関連解説記事をご案内します。
米国規制の「3本柱」関連動向
- CLARITY Act、Coinbase・Rippleら200社超が上院に採決要求─成立確率60%に低下 → 本記事が言及した「税制はGENIUS Act・CLARITY Actに続く第三の柱」の文脈における、市場構造法案の最新動向。同じCoinbaseが推進するもう一つの規制整備の進捗を理解できます。
ステーブルコイン決済の業界実装
- Visa×OpenAIが拓くAIエージェント決済|Visaのステーブルコイン決済は年換算70億ドル規模に → 本記事の税制改革要請が実現すれば加速する、Visaのステーブルコイン決済(年換算70億ドル)の実装事例。「課税撤廃→決済普及」のシナリオの具体像を理解できます。
- SecondFi始動|「鍵は自分のまま」EMURGOが挑む、暗号資産で使う・貯める・稼ぐ時代 → 本記事の「ステーブルコインで日常決済」の実装事例。Visa対応カードを通じた自己管理型ステーブルコイン決済が、税制改革とどう接続するかを理解できます。
企業財務・DAT戦略
- enishがビットコイン全売却、Solana中心の「DAT 2.0」へ転換|運用型トレジャリーの狙い → 本記事の税制論議が直接影響する、企業の暗号資産トレジャリー戦略の最新動向。税制が企業の運用判断にどう作用するかを理解できます。
- ビットコイン6万2000ドル割れ、Strategy 32BTC売却が招いた18億ドル清算の連鎖 → 本記事の税制改革が想定する企業利用拡大の前提となる、ビットコイン市場の最新の構造的調整事案。
- ビットコインETF、過去最長13日の純流出。約43億ドルが抜けた背景とETFが「限界的な買い手」になった構造変化 → 本記事のステーブルコイン税制議論と並走する、ETFを介した暗号資産投資の動向。投資商品としての側面と決済手段としての側面の二重性を理解できます。
オンチェーン金融・実需領域
- HyperLending、日本初HYPE対応の暗号資産レンディング開始 → 本記事のステーキング報酬への課税繰り延べ要請と関連する、日本発の暗号資産レンディングサービスの実装事例。日米税制の違いが運用判断にどう影響するかを理解できます。
- Hyperliquidとは?HYPE基盤のレイヤー1ブロックチェーンとオンチェーンCLOBアーキテクチャの完全解剖 → 本記事のウォッシュセール・ルール議論で言及された「分散型の流動性プールをまたいで24時間取引される」DEX領域の代表例。税制実装が直面する技術的課題の背景を理解できます。
- XRP Ledger vs Ethereum、RWA資本移動説の真相─未検証の15億ドルをどう読むか → 本記事の税制改革が想定する「金融がチェーンへ移る」潮流と並走する、RWA市場の資本移動動向。
AI×Web3・自律エージェント決済
- アライドアーキテクツ × Nyx Foundation、AIがDeFiの安全を”検算”する時代へ → 本記事のウォッシュセール・ルールが必要とする「24時間取引のリアルタイム検知データ基盤」と通底する、AIによるオンチェーン検証の最新動向。技術と税制の接点を理解できます。
- Worldcoin(WLD)とは?AI時代の「本人性証明」と独自のデジタルIDインフラ構造【2026年版】 → 本記事の税制改革が前提とする「誰が取引しているか」の証明インフラ。本人性証明と取引追跡が交差する論点を理解できます。
- Worldcoin(WLD)はヘイズなしで価格を保てるか—AI時代の身分証トークンを読む → 本記事のステーキング報酬課税議論と関連する、新興トークンの市場動向と税務上の扱いを理解する補完情報。
セキュリティ・運用リスク
- Hola Browser にクリプトマイナー混入、Sophos が発見—サプライチェーン侵害の手口とは → 本記事のマイニング報酬課税議論と関連する、マイニング技術が悪用される事例。マイニングを取り巻く構造的リスクの全体像を理解できます。
【編集部後記】
普段、コンビニで支払うとき「これは課税対象かな」と考える人はまずいないと思います。けれど暗号資産の世界では、その当たり前がまだ当たり前ではありません。「決済手段として日常に溶け込むには何が足りないのか」――今回の税制論議は、その問いをくっきり映し出しているように感じます。
みなさんは、ステーブルコインで気軽に買い物ができる未来が来てほしいと思いますか。それとも、まだ慎重であるべきだと感じますか。よかったら、ご自身の感覚を起点に考えてみてください。
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※本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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