JPYSC始動―SBI・Startaleが国内初の信託型円ステーブルコインを発行

JPYSC始動――SBI・Startaleが国内初の信託型円ステーブルコインを発行

Last Updated on 2026年6月27日 by Co-Founder/ Researcher

「発行された。でも、まだ動かせない」——そんな奇妙なニュースが、2026年6月のある日に流れました。SBIグループとシンガポールのスタートアップが手がけた円建てステーブルコイン「JPYSC」は、口座の外へ一歩も出られないまま、世に出たのです。一見すると未完成のお披露目。けれどその裏側には、円というお金をインターネットの上に正しく載せるための、周到な計算が隠れていました。なぜ今、動かせない通貨をあえて発行するのか。その問いをほどいていくと、日本の金融が静かに迎えつつある、大きな転換点が見えてきます。


SBIホールディングス、SBI新生銀行、SBI新生信託銀行、SBI VCトレード、Startale Group Pte. Ltd.は2026年6月24日、信託型円建てステーブルコイン「JPYSC」を発行し、SBI VCトレードの口座内限定で先行提供を開始した。発行者はSBI新生信託銀行、流通はSBI VCトレードが担う。

シンガポールのフィンテック企業でSBIホールディングスの持分法適用会社であるStartale Groupと共同開発した。信託銀行が裏付け資産を管理する信託型として国内初であり、資金移動業型と異なり、滞留・送金にかかる100万円の制限を受けない。先行提供の時点では外部ウォレットへの出庫はできない。

SBI VCトレードは、JPYSCのレンディングサービスを近日中に開始する予定である。

From: SBIグループおよびStartale Groupによる、国内初の信託型円建てステーブルコイン「JPYSC」の提供開始に関するお知らせ

SBIホールディングス株式会社公式プレスリリースより引用

【編集部解説】

このニュースを「新しい決済アプリが出た」と読むと、本質を見誤ります。JPYSC は先行提供の段階で外部ウォレットへの出庫ができず、SBI VCトレードの口座の中でしか動かせません。動かせない通貨をなぜ今リリースするのか——その問いの答えにこそ、この発表の重みがあります。

鍵を握るのは「3号電子決済手段」という耳慣れない区分です。日本では2023年6月施行の改正資金決済法で、ステーブルコインが暗号資産とは別の「電子決済手段」として整理されました。本稿で扱う円建てステーブルコインでは、資金移動業者が発行する1号と、信託銀行・信託会社が発行する3号が主な類型です。先行する JPYC は1号で、JPYC EXでの発行・償還に100万円の制限があります(一方、ウォレットでの保有、利用者間の送信、決済には上限がありません)。企業が大口の資金をオンチェーンに乗せ替えようとする局面で、この発行・償還の上限が壁になっていました。

JPYSC はこの壁を取り払う、国内初の3号です。信託銀行が裏付け資産を管理するため送金額・残高の上限がなく、大口の資金移動にも耐えます。つまりJPYSC は個人の小口送金を狙う JPYC の競合というより、これまでオンチェーンに乗せにくかった「法人と機関投資家の円」を載せるための器です。制度設計と想定用途が異なるため、両者は競合より棲み分けに近い関係になると見るのが妥当でしょう。

これによって何が可能になるのか。リリースが挙げるのは、円・ドル間のオンチェーン外国為替、機関投資家向けレンディング、株式や不動産をトークン化した RWA の決済、クロスボーダー送金などです。要は、24時間365日止まらないデジタル市場で「円建ての決済・清算資産」を初めて手にする、ということです。トークン化された資産が売買されても、その代金を円で即時決済する足場がなければ市場は回りません。JPYSC はその足場を狙っています。

背景には、周到に積み上げられた布陣があります。共同開発したスターテイル(Startale Group)は2026年3月、合計6300万ドルのシリーズA調達の完了を発表しました。内訳は、1月のソニー・イノベーションファンドによる1300万ドルの第1クローズに、SBIグループの5000万ドルを加えたものです。同社はソニーと共同開発したイーサリアムのレイヤー2「Soneium」や、トークン化証券向けのレイヤー1「Strium」も手がけており、SBIが持つ8000万超の顧客基盤が、流通面で他のWeb3企業にはない強みになります。インフラ・決済資産・消費者アプリを垂直統合する設計思想がうかがえます。

では、なぜ「動かせない」状態で出すのか。最大の理由は税務・法令の整理が未了だからです。各社はパブリックチェーン流通に向けた技術的準備は完了済みとしており、ボトルネックは技術ではなく制度の側にあります。規制対応の器だけを先に世に出し、ルールが整い次第すぐ動かせる——いわば「車検を通した車を、信号が青になるのを待って発進させる」段取りなのです。

競争という観点では、本命のライバルは JPYC ではないかもしれません。三菱UFJ信託銀行を起点とするデジタル資産基盤 Progmat は、メガバンク等が関与する信託型ステーブルコイン基盤の構築を進めています。機関投資家向けの「3号」という同じ土俵に、巨大プレイヤーが控える構図です。SBI連合が先んじてスタートラインに立った意義は、ここにあります。

長期で見れば、これは通貨の地政学の話でもあります。世界のステーブルコイン市場はドル建てが圧倒し、時価総額の約99%を米ドル建てが占めるとされます。米国では2025年7月18日、GENIUS法が大統領署名により成立し、ドル建てステーブルコインの発行・監督枠組みが整備されました。スターテイルの渡辺創太CEOが、SBIリリースのコメントで日本円ステーブルコインを「一丁目一番地」と表現したのは、オンチェーン経済で円の居場所を確保できるかという危機感の裏返しでしょう。

もちろんリスクもあります。信託型ゆえに裏付け資産の信頼性は高い一方、普及そのものは未知数です。出庫できない「閉じた庭」のまま制度整備が長引けば、勢いを失う恐れは否めません。流動性をどう立ち上げるか、税務上の扱いが利用者にとって不利にならないか——成否を分けるのは、技術よりむしろ制度設計と当局との対話だと言えます。

それでも、伝統的金融とオンチェーンをつなぐ円建ての基盤が、メガバンクではなくSBIとシンガポール拠点のスタートアップ連合から先に立ち上がった事実は記録に値します。未来の金融インフラがどの陣営の手で形づくられるのか。その最初の一歩を、私たちは今日見届けたのかもしれません。

【用語解説】

ステーブルコイン
法定通貨などと価値が連動するよう設計されたデジタル資産。価格を安定させるため、発行者は預金や国債といった裏付け資産を保有する。JPYSC・JPYC はいずれも1単位=1円を目指す円建ての例である。

1号電子決済手段(資金移動業型)
資金移動業者が発行する類型。先行する JPYC がこれにあたり、円⇔コインの発行・償還の際に100万円までという上限がかかる(保有・利用者間送信には上限がない)。

3号電子決済手段(信託型)
信託銀行・信託会社が発行する類型。JPYSC が国内初の事例となる。発行体が裏付け資産を信託財産として管理し、1回あたりの送金額や口座残高に上限がないのが最大の特徴だ。

持分法適用会社
出資先のうち、議決権の保有割合などから経営に重要な影響を及ぼせる会社。Startale Group は SBIホールディングスの持分法適用会社にあたる。

RWA(トークン化された現実資産)/トークン化
株式・債券・不動産・ファンド持分などの実物資産を、ブロックチェーン上で扱えるよう電子的な権利として発行すること。その対象資産を RWA と呼ぶ。

レンディング
保有する暗号資産やステーブルコインを貸し出し、対価として利息を得るサービス。SBI VCトレードが JPYSC で近日開始を予定している。

OTC取引
取引所を介さず、当事者間で相対(あいたい)で行う大口取引。Over The Counter の略である。

レイヤー1/レイヤー2
ブロックチェーンの基盤となる本体がレイヤー1(例:Strium)。その上に構築し処理を高速化・低コスト化する補助層がレイヤー2(例:Soneium)である。

シリーズA
スタートアップが事業拡大の初期段階で実施する、本格的な資金調達ラウンドの呼称。

GENIUS法
米国で2025年7月18日に大統領署名により成立したステーブルコイン規制法。ドル建てステーブルコインの発行・監督枠組みを定め、その普及を後押しするとされる。

【参考リンク】

SBIホールディングス(SBIグループ)(外部)
JPYSC発行を主導するSBIグループの持株会社。証券・銀行・保険・暗号資産事業を展開する、本件リリースの一次情報の発信元である。

株式会社SBI新生銀行(外部)
JPYSC発行者であるSBI新生信託銀行の親会社。銀行業を営み、グループの金融機能を背景に本取り組みの円滑な推進を支援する。

SBI新生信託銀行(外部)
JPYSCの発行者。信託・銀行業務を手がけ、信託型スキームで裏付け資産を管理しながら円建てステーブルコインを発行する。

SBI VCトレード(外部)
JPYSCの流通を担う暗号資産交換業者。国内唯一の電子決済手段等取引業者で、JPYSCの取扱い概要ページも公開している。

Startale Group(外部)
JPYSCを共同開発したシンガポール拠点のWeb3企業。ソニーと開発したL2「Soneium」や証券向けL1「Strium」も手がける。

JPYC株式会社(外部)
国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」を発行するフィンテック企業。資金移動業型でJPYSCとは制度類型が異なる先行例。

Progmat(プログマ)(外部)
三菱UFJ信託銀行発のデジタル資産基盤を運営。信託型SC基盤「Progmat Coin」を提供し、JPYSCの将来的な競合とされる。

Ethereum(イーサリアム)(外部)
報道では、JPYSCの初期発行がEthereum上で確認された。スマートコントラクトを実行でき、多くのステーブルコインの基盤となっている。

【参考記事】

CoinMarketCap|Startale Raises $63M To Build Japan’s Tokenized Finance Stack(外部)
6300万ドル調達の内訳とStriumの2月5日ローンチを伝える記事。本解説の調達時期・内訳の確認に用いた。

Blockonomi|Startale Group Closes $63M Series A(外部)
2026年3月25日付。SBIが5000万ドル拠出、ソニーが1月に1300万ドルの第1クローズを主導と伝える。時期訂正の根拠。

KuCoin|Startale Group Secures $63M Series A from SBI and Sony(外部)
6300万ドル調達を垂直統合の観点から分析。資金が決済・清算レイヤーに集中する点とSBIの顧客基盤の強みを指摘する。

Coinpedia|SBI and Startale Group Launch Japan’s First Trust-Based Yen Stablecoin(外部)
6月24日のローンチを報じた英語記事。上限がなく大口決済に適する点、決済レイヤー化の狙いを分析している。

Unchained|SBI and Sony Back Startale’s $63 Million Push(外部)
SBIとソニー二社の戦略がオンチェーン基盤で交差する点に着目。決済レイヤー構築の文脈で本件を捉えた記事。

Impress Watch|国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」発行開始(外部)
JPYC発行開始の国内記事。保有・送金は無制限で上限は発行・償還にかかると明記。JPYCの制限表現の精緻化に用いた。

【Crypto Verse関連記事】

本記事のJPYSC・SBI×Startale信託型円ステーブルコイン・3号電子決済手段・100万円制限不要の機関投資家向け基盤・Progmat競合・GENIUS法と円のオンチェーン化の構造的背景をより深く理解するための、Crypto Verseの関連解説記事をご案内します。

ステーブルコイン・決済インフラの動向

Ripple/RLUSD関連の動向(ドル建てステーブルコインの対比)

日本の規制環境・金融機関の動向

米国規制動向との対比

RWA・トークン化資産

通貨インフラ・国家戦略

機関化・ETF・市場動向

基盤チェーン解説

AI×Web3・身分証

セキュリティ・運用リスク

【編集部後記】

JPYSCのニュースには、派手さがありません。価格が乱高下するわけでも、明日から誰かのスマホ決済が変わるわけでもない。むしろ「口座から出せない」という地味な制約ばかりが目を引きます。けれど私たち編集部は、こういう「静かなニュース」ほど、後から振り返ったときに分岐点だったと気づくものだと考えています。

思い返せば、お金のかたちはいつも、制度が技術に追いつくところで決まってきました。紙幣が生まれたときも、銀行振込が電子化されたときも、最初は不便で、限定的で、半信半疑の人が大半でした。JPYSCが今いるのは、まさにその「不便の入り口」です。技術はもう準備できている。あとは、ルールと税の整理という、人間の側の宿題が片づくのを待っている。動かせないのは技術が未熟だからではなく、社会の合意がまだ追いついていないから——この順序を、私たちは見誤らないようにしたいと思います。

そして、この一歩を踏み出したのが、巨大なメガバンクではなく、SBIとシンガポール拠点のスタートアップの連合だったという事実にも、目を留めておきたいのです。誰が最初に旗を立てるかで、その分野の文化や思想は変わります。円のオンチェーン化という未踏の地に、まずスピードを重んじる側が足跡を残した。この先、より大きなプレイヤーが追いかけてきたとき、今日の一歩がどんな意味を持つのかは、まだ誰にもわかりません。

ひとつだけ確かなのは、円というお金が、私たちの知らないところで新しい姿を準備しはじめている、ということです。それが私たちの暮らしにどう届くのか。便利になるのか、それとも新しい難しさを連れてくるのか。Crypto Verse は、この「動かせない通貨」がいつか軽やかに動き出す日まで、その変化を読者のみなさんと一緒に見届けていきたいと思います。

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※本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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By山本 達也

『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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