Last Updated on 2026年9月26日 by Co-Founder/ Researcher
2026年9月26日更新:7月22日に両社が資本業務提携を正式に発表したことを受け、その後の開示と報道をもとに全面的に書き改めました。
10億円も出資せず、ただ使うだけでよいのではないか。AZ-COM丸和の社内でも出たというこの問いに、同社は発行体の「器」を大きくするためだと答えています。一方で実務を区切るのは、1回100万円という発行申請の単位です。出資で広がる器と手続きで決まる単位の間にある距離を、開示された数字から測ります。
物流大手のAZ-COM丸和ホールディングスは2026年7月22日、日本円ステーブルコイン「JPYC」を発行するJPYC株式会社と資本業務提携に関する覚書を締結したと発表した。JPYCのB1種優先株式11万6000株を1株8630円で引き受け、総額10億108万円を払い込む。議決権比率は2.9%となる見込みだ。提携前から和佐見勝社長が個人でJPYCのB1種類株式20万株を保有していることも開示された。両社はJPYCを用いた決済プラットフォームを構築し、協力会社や業務委託ドライバーへの支払いに用いるほか、独自ウォレットアプリの提供、配送完了と連動した自動支払い、将来的な決済代行など外部企業向けの展開を掲げる。JPYCは8月5日、この出資を含むシリーズBの累計調達額が約60億円に達したと発表した。
From: 物流業界大手AZ-COM丸和ホールディングス株式会社と資本業務提携
【編集部解説】
開示で確定したこと――優先株の条件と、社長個人の持ち分
7月19日の日本経済新聞の初報では「10億円強の出資を検討」とされていた数字は、3日後の開示で単位まで確定しました。AZ-COM丸和が引き受けるのはJPYCのB1種優先株式11万6000株、1株8630円、総額10億108万円。議決権比率は2.9%で、払込期日は7月30日と予定されていました。JPYCは8月5日、この出資を含めてシリーズBの累計調達額が約60億円になったと発表しています。
開示にはもう一つ、見過ごせない数字があります。当事会社間の関係として、AZ-COM丸和の代表取締役である和佐見勝社長が、提携前から個人でJPYCのB1種類株式20万株を保有していることが記載されました。株数で見ると、今回会社が引き受ける11万6000株より、社長個人がすでに持つ20万株のほうが多い。この提携が、決済手段の導入という業務判断だけでなく、経営トップ自身の長い関心の延長にあることを示す数字です。
対象の数にも、出どころの違う2つの数字があります。「約2300社」は初報と、その後のAZ-COM丸和への取材記事で示された協力会社の数です。一方、JPYCのプレスリリースが挙げるのは、一般社団法人AZ-COMネットワークの会員企業数2968社(2026年6月末現在)です。前者は委託費の支払い先、後者は協力会社組織の会員数であり、母数が異なります。本記事では、支払い対象を指す場合に「約2300社」を用います。
10億円は「器」への出資――履行保証金と発行余力
JPYCの出資額を、トークンの流通量や累計発行額と並べて比べる読み方があります。しかし株式への出資と、流通するトークンの量は性質が異なります。AZ-COM丸和側が語る出資の意味は、発行体の「発行できる量」との関係にあります。
JPYCは資金決済法上の第二種資金移動業者として、利用者に対する未達債務の全額に、権利実行の手続きに要する費用を上乗せした額を、履行保証金として保全する義務を負います。岡部典孝代表はこの保全水準を約101%と説明しています。
この上乗せ分に着目したのがAZ-COM丸和の側です。案件を主導する同社の小穴氏は、NADA NEWSの取材に対し、上乗せ分は発行体が自己資金でまかなうしかなく、その厚みが発行できる総額の上限になるという理解を示しました。1億円なら100億円、10億円なら1000億円まで、という計算です。社内には「利用するだけでよい」という声もあったといいますが、同社は利用者であると同時に、発行体の体力を厚くする側に回ることを選びました。
この計算は、あくまでAZ-COM丸和側の説明です。資金決済法が定めているのは利用者への債務などを保全すべき額であり、増資の額から発行できる上限を導く算式ではありません。開示資料も、出資金の使途や、出資によって増える発行可能額を示していません。それでも、「なぜ利用するだけでなく出資するのか」という問いに、当事者が発行体の体力という観点から答えた点は、この提携を読むうえで重要な手がかりです。同社の2026年3月期の連結売上原価は2084億6000万円、月平均で約174億円です。この数字はJPYCに置き換える支払額そのものを示すものではありませんが、同社が発行体の規模を意識する背景にある、支払いの桁の大きさを伝えています。
比較のために、JPYC側の数字の現在地も置いておきます。JPYCは9月18日時点でJPYC EXの累計発行額が100億円を突破したと発表しました。オンチェーンの流通量は変動が大きく、NADA NEWSが引くJPYC Infoの集計では8月25日に約28億5000万JPYCまで拡大した後、9月10日には20億JPYCを下回りました。その後、キリフダ株式会社のダッシュボードでは、9月26日15時29分時点の値が約38億9000万JPYCでした。流通量は集計サイトごとに算出方法が異なり、日単位でも大きく動くため、特定の時点の数字だけで規模を語ることはできません。
1回100万円という発行の単位
器が大きくなっても、実務の単位は別に決まっています。第二種資金移動業の1件あたりの取引上限は100万円で、JPYC EXでの発行申請も1回100万円が上限です。JPYCは2026年5月、この発行上限を「1日あたり100万円」から「1回あたり100万円」へ改めましたが、短時間に連続した発行申請は認めていません。一方、発行済みのJPYCを利用者のウォレット間で送る金額に、同じ上限はありません。
つまり単位の制約がかかるのは、ドライバーや協力会社への一件一件の支払いではなく、その原資を用意する段階です。同社が想定しているのは、請求の発生に応じてある程度を事前に発行しておく運用で、小穴氏はNADA NEWSの取材に対し、その事前発行分だけでも50億〜60億円が必要になるとの見方を示しています。単純に割れば、1回100万円の申請で5000回から6000回分にあたります。小穴氏も、すべての支払いをステーブルコインに置き換えるにはまだ時間がかかるとみています。
同じ取材で小穴氏は、同社が保有するJPYCの科目の整理や、期末残高を監査でどう裏付けるかを実務上の課題として挙げています。電子決済手段の保有と期末評価については、企業会計基準委員会が2023年11月に実務対応報告第45号を公表しており、期末は券面額に基づく価額で計上するという基本の取扱いはすでに示されています。基準があることと、一社の経理と監査の現場でそれが回ることの間には、まだ埋めていく距離があるということでしょう。同社は四半期末や年度末に保有残高を一度ゼロに戻す運用を想定しているといいます。報道後には内閣府からヒアリングの要請があり、同社は金融庁にも要望を提出したとされています。
フロート収益と「外部展開」
JPYCが発行・償還の手数料を無料にできる根拠は、準備資産の運用益(フロート)にあります。JPYCは裏付け資産を日本円の預貯金と国債で保全するとしています。岡部代表は、償還に備えて換金しやすい預金を確保しつつ、将来的には国債を最大8割程度とする構想を説明しており、平均利回り0.5%で1兆円を運用できた場合には約50億円の粗利になるという試算も示しています。同社は今後3年で発行残高10兆円規模を目標に掲げています。収益の源泉は発行「残高」であり、取扱高ではありません。
この構造に照らすと、AZ-COM丸和の想定する運用は興味深い形をしています。請求に応じて事前に発行し、期末にはゼロに戻す。残高は期中に積み上がり、期末にしぼむ波を描くことになります。運用益には、この波の平均的な高さに加え、運用資産の構成と利回りが影響します。
そのうえで開示が掲げるのが、将来的な決済代行やインセンティブ配布など、外部企業向けサービスへの展開です。AZ-COM丸和の支払いで作った決済基盤を、他の荷主や物流事業者にも開く構想であり、実現すれば残高の積み上がる先は1社の支払いを超えて広がります。準備資産の健全性、金利変動に対する資産負債管理、償還が集中したときの流動性は、残高が大きくなるほど重みを増す論点であり、発行体が規模とともに備えを厚くしていく領域でもあります。
独自ウォレットとJPYC EX――円に戻る経路
受け取ったJPYCを円に戻す経路は、現行ではJPYC EXです。アカウント開設(本人確認)のうえで銀行口座と送信元のウォレットアドレスを登録し、償還を予約してから、登録済みのアドレスからJPYCを送付します。確認後、登録口座に日本円が振り込まれます。2026年5月の更新で、償還予約のたびにネットワークとアドレスを選ぶ必要はなくなり、登録済みのアドレスから送れば、対応するどのネットワーク上のJPYCも償還の対象になりました。JPYC EXに登録できるのは、利用者が自ら秘密鍵を管理するウォレットに限られます。発行・償還の手数料は無料で、最低利用額は3000円です。対応チェーンはEthereum、Polygon、Avalanche、Kaiaの4つです。
ここに関わるのが、JPYCが7月13日に提供を始めた「JPYC EX連携API」です。事業者のウォレットアプリから、JPYC EXの発行・償還手続き画面へ利用者を遷移させる仕組みで、ログイン・アカウント連携、手続き画面への導線、ウォレットアドレス登録の補助、手続き後のステータス連携を担います。審査や追加認証、最終的な受付と確定は、従来どおりJPYC株式会社が行います。最初の導入事例はHashPort Walletです。
AZ-COM丸和が提供する独自ウォレットアプリが、この連携APIを使う設計になるのかは、まだ公表されていません。使うのであれば、ドライバーはアプリから離れずに償還手続きへ進める可能性があります。ただし連携APIは手続き画面への導線であり、本人確認や口座登録そのものは各利用者がJPYC EXで行う構造です。個人事業主のドライバー一人ひとりがJPYC EXの口座を持つのか、どのチェーンで受け取るのか、秘密鍵を誰が管理するのか。これらは今後の設計で決まる点であり、鍵を事業者側が預かる設計をとる場合には、電子決済手段等取引業など別の登録の検討も必要になりえます。
ロイヤリティと即時報酬――「送金レール」か「決済手段」か
開示のなかで、Crypto Verseの視点からとくに注目したいのが、独自ウォレットを通じたロイヤリティプログラムやキャンペーン(即時報酬付与)の構想です。開示は、これによってAZ-COM丸和の事業を優先してくれる事業者を増やすとしています。
受け取ったJPYCがすぐに円へ戻されるなら、JPYCは銀行振込を置き換える「送金レール」にとどまります。一方、ウォレットの中で報酬やポイントとして使われ続けるなら、JPYCはネットワーク内を循環する「決済手段」としての性格を帯びます。ロイヤリティと即時報酬は、JPYCをウォレットの中にとどめる理由をつくる設計と読めます。期末に残高をゼロに戻すのはAZ-COM丸和自身の保有分の話であり、協力会社やドライバーの手元でJPYCがどう扱われるかは、このウォレットの設計にかかっています。
競合地図のなかの位置
日本の円建てステーブルコインは、資金移動業型と信託型が並走しています(ほかに銀行発行型もあります)。資金移動業型ではJPYCが先行し、信託型のJPYSC(SBI×Startale)は2026年6月24日、SBI VCトレードの口座内に限って先行提供が始まりました。信託型は、資金移動業型にかかる滞留・送金の100万円制限を受けない設計です。店頭決済や地域金融機関との連携など、JPYCの用途は同時多発的に広がっていますが、そのなかで今回の提携は、支払う側の大企業が発行体の資本に入り、自社の支払い網ごと決済基盤を組み立てるという類型に位置づけられます。
まとめ
開示で確定したのは、お金を入れる側の条件です。10億円の優先株出資は、AZ-COM丸和側の説明によれば、発行体の器を大きくするための投資でした。一方で、お金が流れる側の設計――独自ウォレットの鍵管理、償還の経路、受け取ったJPYCがどれだけ循環するか――は、これから形になっていきます。AZ-COM丸和はNADA NEWSの取材に対し、早ければ年内に首都圏から対象を絞って始め、締めから支払いまでを5日前後に縮めることを目標に挙げています。1回100万円という発行申請の単位、期末残高を裏付ける監査の実務、発行体の保全負担。物流の支払いにJPYCを取り入れるうえで、どこまで運用を組み立てられるのか。この提携は、その問いを具体的な数字とともに示す事例です。
では、受け取る側のドライバーや協力会社にとって、アプリと配送完了に連動した支払いは何を変えるのか。現場の視点から読んだ記事を『innovaTopia』に掲載しています。こちらの記事もあわせてご覧ください。
【用語解説】
電子決済手段
資金決済法第2条第5項が定める、法定通貨と同額で払い戻しを受けられる電子的な決済手段。いわゆるステーブルコインの法令上の呼び名である。銀行や資金移動業者が発行するもの(第1号)、信託の受益権を用いるもの(第3号)などに分かれ、JPYCは第1号にあたる。
第二種資金移動業
資金移動業の類型の一つで、1件あたり100万円以下の為替取引を扱う。電子決済手段を発行する資金移動業者にも、この取引上限や、資金の滞留に関する規制がかかる。
履行保証金
資金移動業者が、利用者に対する未達債務の全額と、権利実行の手続きに要する費用を合わせた額以上を保全するための資産。供託のほか、銀行等との保証契約や信託契約で保全する方法がある。
B1種優先株式
普通株式と一部の権利内容が異なる種類株式のうち、JPYCが「B1種」として定めるもの。AZ-COM丸和は今回、これを11万6000株引き受けた。
シリーズB
スタートアップの資金調達の段階を表す呼び名の一つ。事業が一定の形になったあと、拡大に向けて行う調達を指すことが多い。
フロート
発行体が利用者から受け取った資金を、裏付け資産として保有しているあいだに生じる運用益。JPYCは発行・償還の手数料を無料とし、この運用益を収益の源泉に置いている。
償還
保有するJPYCを発行体に戻し、同額の日本円を受け取ること。JPYCではJPYC EXを通じて行い、日本円は登録した銀行口座に振り込まれる。
秘密鍵
ブロックチェーン上の資産を動かす取引に署名するための鍵。これを管理する者が、そのウォレットの資産を実質的に動かせる。
電子決済手段等取引業
電子決済手段の売買や交換、他人のための管理などを業として行う事業者に求められる登録区分。資金決済法の改正により2023年6月に設けられた。
実務対応報告第45号
企業会計基準委員会が2023年11月に公表した、特定の電子決済手段の会計処理と開示に関する当面の取扱い。保有する電子決済手段は、期末に券面額に基づく価額で貸借対照表に計上するとしている。
信託型(ステーブルコイン)
信託銀行などが裏付け資産を信託財産として管理し、その受益権を電子決済手段として発行する方式。資金移動業型にかかる100万円の制限を受けない。
送金レール
本記事では、受け取った側がすぐに日本円へ戻すことを前提に、銀行振込の代わりに資金を運ぶ経路として使われる状態を指す。
【参考リンク】
AZ-COM丸和ホールディングス IR情報(外部)
物流大手AZ-COM丸和ホールディングスの投資家向け情報。適時開示や決算短信、JPYCとの資本業務提携の開示を掲載する。
JPYC株式会社(外部)
日本円ステーブルコイン「JPYC」を発行する資金移動業者の企業サイト。プレスリリースや事業の概要、会社情報を掲載している。
JPYC EX(外部)
JPYCの公式な発行・償還サービス。本人確認と銀行口座・ウォレットの登録を済ませると、日本円とJPYCを1対1で交換できる。
企業会計基準委員会 実務対応報告第45号(外部)
電子決済手段の保有と発行に関する会計処理を定めた実務対応報告の公表ページ。2023年11月に企業会計基準委員会が公表した。
キリフダ JPYC流通量・発行量ダッシュボード(外部)
JPYCの流通量や発行量、償還量をEthereumやPolygonなど4チェーン別に日次で集計する、オンチェーンデータのダッシュボード。
SBI VCトレード JPYSC提供開始のお知らせ(外部)
信託型円建てステーブルコイン「JPYSC」の発行と、SBI VCトレードの口座内に限った先行提供の開始を伝える各社の発表。
【参考動画】
【参考記事】
【取材】アマゾン配送大手AZ-COM丸和は、なぜ2300社への支払いにJPYC導入を決めたのか(外部)
AZ-COM丸和の担当執行役員が、出資と発行余力の関係、1回100万円の単位、期末残高の扱い、年内開始の見通しを語った。
JPYC株式会社との資本業務提携に関するお知らせ(外部)
AZ-COM丸和の適時開示。B1種優先株式11万6000株の引き受け条件、議決権比率2.9%、社長個人の保有株式を記載する。
JPYC EX大型アップデートのお知らせ – 発行ルールの変更、Kaiaチェーン対応など(外部)
発行上限を1日100万円から1回100万円へ改め、償還予約のたびのネットワークとアドレスの選択を不要にした5月の更新の発表。
ウォレット・JPYC利用サービス向け「JPYC EX連携API」を提供開始 〜開発パートナーとしてシンプレクス株式会社が実装を支援、導入事例としてHashPort Walletとの連携を開始〜(外部)
事業者のウォレットからJPYC EXの発行・償還画面へ利用者を遷移させるAPIの提供開始。審査と最終的な確定はJPYCが担う。
JPYC流通量、20億円割れ──11日間で約7.1億円減少(外部)
JPYC Infoの集計で、8月25日に約28億5000万JPYCあった流通量が9月10日に20億JPYCを下回った経緯を伝える。
JPYCリリース「通貨史に残る分岐点」岡部代表(外部)
発行開始時の会見で岡部代表が、ウォレット内の保有・送金額に上限がないことや、裏付け資産を国債約8割とする想定を説明した。
【編集部後記】
本文では並べなかった二つの数字があります。小穴氏が見込む事前発行分の50億〜60億円と、9月26日時点のJPYCの流通量、約38億9000万JPYCです。前者は、単純に並べれば後者を上回ります。
この運用が始まれば、流通量のグラフには一社の支払い準備が期中に積み上がり、期末に消える波が重なるのかもしれません。そのとき「流通量が増えた」「減った」という見出しは、利用の広がりと支払いの季節性の、どちらを伝えていることになるのでしょうか。
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※本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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