Last Updated on 2026年7月25日 by Co-Founder/ Researcher
米国最大級の取引所Coinbaseが「支持」を表明しても、法案の成立確率は3〜4割にとどまっています。後押しがあるのに前に進まない。その理由が、法案を通すはずの大統領本人にあるとすれば、どうでしょうか。規制を書く側と、規制される側が、同じ一人に重なっているのです。
CoinbaseのRyan VanGrack副会長は2026年7月20日、CNBCのインタビューで、民主党との交渉によって顧客保護が強化されたとする改訂版CLARITY法案(H.R.3633)への支持を改めて説明した。
同社は1月時点の案に反対していたが、前向きな姿勢は少なくとも5月の委員会審議前後には表面化しており、CEOのブライアン・アームストロングやポール・グリューワル法務最高責任者(退任予定)らが改訂版の成立を支持してきた。
一方、ホワイトハウスは公職者の暗号資産に関する倫理条項を7月20日時点で承認していないと報じられ、上院多数党院内総務のジョン・スーンが目指す8月休会前の採決は不透明である。民主党の懸念の中心にはOfficial Trump(TRUMP)やWorld Liberty Financialがあり、米政府倫理局(OGE)が6月30日に公開したトランプ大統領の2025年分資産開示について、Warren上院議員は、暗号資産関連事業のロイヤルティーや売却収入などを集計すると約14億ドルに達すると推計している。
Polymarketでは同法案の2026年内の成立確率が取引され、7月13〜17日の報道値では24%〜45%程度の間で大きく変動している。
From:Coinbase backs tougher CLARITY Act as Trump ethics fight deepens
【編集部解説】
米国には、暗号資産という資産クラス全体を包括的に整理した連邦の「市場構造法」がまだ存在しません。CLARITY法案(H.R.3633)は、その空白を埋め、デジタル資産の分類や登録制度、情報開示、そしてSEC(証券取引委員会)とCFTC(商品先物取引委員会)の役割分担を定めることを目指す法案です。今回の記事の背後にあるのは、その根幹をめぐる攻防です。
ここで一点、整理しておきます。この法案は「どのコインをSECが、どのコインをCFTCが」と単純な二分表を作るものではありません。発行の形態、資産の成熟度、取引の仕組み、登録制度までを含む複雑な枠組みです。「線引き」という言葉のイメージよりも、制度設計そのものに近いと捉えるほうが実態に合います。
注目したいのは、この法案が複数の争点を同時に抱えている点です。倫理条項はそのなかで最も政治的に重い争点ですが、唯一の停滞要因ではありません。銀行業界との対立、ステーブルコイン報酬をめぐる論点、上院農業委員会所管部分との統合、そしてフィリバスターを乗り越え、採決に進むため通常必要となる60票の確保——これらが重なり合っています。倫理問題「だけ」で止まっているという見方は、実態を単純化しすぎてしまいます。
その倫理条項の焦点は、公職者の利益相反です。少なくともヴァンホーレン議員が示した修正案は、大統領・副大統領・議員・高官とその家族が、デジタル資産の発行者やプラットフォームを所有、宣伝、またはこれらと提携することなどを規制する内容です。ただし、各議員の案は文言や対象範囲が完全には一致していません。「あらゆるデジタル資産の単純保有を全面的に禁じる」というより、発行者や事業体への関与、利益相反を中心に据えた規制と理解するのが正確です。
そして、この規制の対象に現職大統領が含まれ得ることが、交渉を難しくしています。トランプ大統領本人が対象になり得るという構図は、膠着の主要な政治的要因の一つです。ここは「唯一の原因」ではなく「主要因の一つ」として捉えるのが妥当でしょう。
金額の大きさが、この問題を象徴しています。米政府倫理局(OGE)が6月30日に公開したトランプ大統領の2025年分資産開示について、Warren上院議員は、暗号資産関連事業のロイヤルティー・売却収入・分配金などを集計すると約14億ドルに達すると推計しています。ただし注意が必要です。これはOGEが算出した公式の合計ではなく、複数の開示項目を集計した推計であり、暗号資産の保有から得た「純利益」でもありません。内訳としては、CIC Digitalがライセンス契約から受け取った約6億3507万ドルのロイヤルティーや、World Liberty Financial関連の5億ドル超の分配・売却収入などが開示書類に記載されています。開示書類は927ページに及ぶ異例の分厚さでした。
Coinbaseの立場についても、時系列を正しておきます。同社が支持へ傾いたのは7月20日が初めてではありません。年初の1月案には反対したものの、前向きな姿勢は少なくとも5月の委員会審議前後には表面化していました。7月20日は、同社初のVice Chair(副会長)であるRyan VanGrack氏がCNBCで、その支持を改めて説明した日という位置づけです。
その反対の背景に、自社の事業構造があったことも見逃せません。Coinbaseの2025年のステーブルコイン収入は約13億4880万ドルでした。ここは正確に区別する必要があります。この金額は顧客に支払う「USDC Rewards」そのものではなく、主にUSDC残高などから生じるCircleとの収益分配を含む会計項目です。なお、USDCを発行しているのはCircleであり、Coinbaseは流通や収益分配で深く関与する立場です。アームストロング氏が当初の反対理由として報酬禁止規定などを挙げていたことを踏まえると、米国最大級の暗号資産事業者による支持を、純粋な消費者保護の観点だけで受け取るのは一面的——これは編集部の分析ですが、公開財務資料から合理的に導ける見立てです。
Polymarketの数字にも慎重さが必要です。元記事は7月20日時点で31%としていますが、7月21日に取得した市場ページは約43%を示すなど、価格は短期間で大きく動きます。7月13〜17日の報道値では24%〜45%で揺れ、2月の82%からは後退したという「方向性」は複数報道で一致していますが、各時点の値を一次の履歴データで完全に再現することはできません。予測市場の値は、公式の統計予測ではなく、参加者の取引価格が示す評価である点も押さえておきたいところです。
最後に、リンジー・グラム上院議員の逝去です。事務所の発表によれば、同氏は7月11日土曜夜に死去し、翌12日に公表されました。死因は、ワシントンD.C.検視当局の予備所見として大動脈解離とされています。トランプ氏はこの死去を、法案可決の呼びかけに結びつけました。事実としてはここまでで、その評価は読者に委ねられる部分です。
日本の読者にとって、この一件は対岸の火事ではありません。日本は2017年施行の改正資金決済法で暗号資産交換業者の登録制度を比較的早い段階で導入した国です。米国のルールがどう定まるかは、ドルと米国市場の影響力を通じて、業界全体の方向性に大きく作用すると考えられます。テクノロジーの進化が、最終的には人間の統治の成熟度に試される——編集部は、今回の攻防をそのように捉えています。
【用語解説】
CLARITY法案(Digital Asset Market Clarity Act/H.R.3633)
米国の暗号資産市場の構造を定めることを目指す連邦法案。デジタル資産の分類、登録制度、情報開示、SEC・CFTCの役割分担などを規定する。2026年5月14日、上院銀行委員会を15対9で通過したが、その後は複数の争点で停滞している。基準日時点では法案段階である。
市場構造法(Market Structure Legislation)
暗号資産という資産クラス全体について、監督官庁の役割や事業者の義務を包括的に定める法律の総称。CLARITY法案はその一つである。個別の証券法や商品取引法、送金・AML規制が存在しないという意味ではない。
倫理条項(Ethics Provision)
公職者の暗号資産をめぐる利益相反を規制する規定。大統領・副大統領・議員・高官とその家族を対象に、発行者やプラットフォームの所有・宣伝・提携などを制限する案が示されている。議員ごとに文言と対象範囲は異なる。
Official Trump(TRUMP)
トランプ大統領のブランドを用いたミームコイン。関連会社のライセンス収入が公的開示書類に記載されている。トランプ氏個人が全供給を所有・運営するという意味ではない。
USDC
Circleが発行する米ドル連動型ステーブルコイン。Coinbaseは流通、顧客残高、Circleとの収益分配に深く関与している(発行体はCircle)。
【参考リンク】
Circle(USDC)(外部)
USDCの発行体はCircle。Coinbaseは流通・収益分配で関与する。USDCの公式解説ページ。
Polymarket(CLARITY Act市場)(外部)
CLARITY法案の2026年成立確率が取引される予測市場。数値は取引価格が示す参加者評価である。
U.S. Securities and Exchange Commission(SEC)(外部)
米国の証券監督当局。2023年にCoinbaseを提訴し、2025年2月に訴訟を取り下げた。
U.S. Commodity Futures Trading Commission(CFTC)(外部)
米国の商品先物監督当局。CLARITY法案では暗号資産の一部を管轄する想定である。
GovInfo(H.R.3633上院報告版)(外部)
CLARITY法案の一次資料。法案本文や審議情報を確認できる連邦政府の公式ページ。
【参考記事】
Donald J. Trump 2026 Annual Financial Disclosure(U.S. Office of Government Ethics)(外部)
トランプ氏の2025年分資産開示PDF(927ページ)。各収入項目と金額を直接確認できる。
Chairman Scott, Senate Banking Committee Advance CLARITY Act in Historic Bipartisan Vote(上院銀行委員会)(外部)
5月14日に上院銀行委員会が15対9で法案を前進させたことを伝える公式発表である。
Warren: Crypto Legislation Heading to Senate Floor Must Prevent President Donald Trump from Profiting(上院銀行委員会)(外部)
Warren議員が暗号資産関連収入を約14億ドルと集計し、利益相反規制を求める公式発表である。
Van Hollen Statement on Opposition to Digital Assets Legislation(Van Hollen上院議員)(外部)
倫理条項が対象とする公職者・家族の範囲と規制内容を、提案者本人が示した公式資料である。
Coinbase Q4 2025 Shareholder Letter(SEC/Coinbase)(外部)
Coinbaseの2025年ステーブルコイン収入が約13.5億ドルであることを示す提出資料である。
Trump-Backed CLARITY Act Text Set to Drop With No Democrats on Board(Bitcoin.com News)(外部)
Polymarketの成立確率が7月17日に45%へ回復し、4日前に24%だったことを報じている。
SEC Dismisses Enforcement Action Against Coinbase(SEC)(外部)
SECが2025年にCoinbaseへの訴訟を取り下げた公式発表。判断の背景を示している。
Sen. Lindsey Graham dies at 71 from aortic dissection(CBS News)(外部)
グラム上院議員が7月11日夜に死去し、死因が大動脈解離と発表されたことを報じている。
【Crypto Verse関連記事】
Coinbase支持の裏で膠着するCLARITY法案とトランプ大統領の利益相反懸念を、より広い文脈で理解するための関連記事をご案内します。米国の暗号資産規制動向・Coinbaseのステーブルコイン収益構造・日本の制度整備との対比・トランプ政策の暗号資産市場影響を横断的に読むことで、権力と規制の距離をめぐる論点が立体的に見えてきます。
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【編集部後記】
ひとつ、腑に落ちないことがあります。トランプ大統領は法案の可決を強く求めているのに、その成立を阻んでいるのもまた大統領自身の存在だ、という構図です。
推進役と障害物が同一人物である——これは政治的な駆け引きの話に見えて、実は制度設計の根本を突いています。ルールを定める人が、そのルールの主たる規制対象でもあるとき、法はどこまで中立でいられるのか。CLARITY法案が最終的にどんな倫理条項を書き込む(あるいは書き込まない)のかは、暗号資産の枠を超えて、権力と利害の距離をどう測るかという問いへの、ひとつの回答になるはずです。
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※本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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