Last Updated on 2026年10月23日 by Co-Founder/ Researcher
同じ円建ての残高でも、資金移動業型のステーブルコインなら発行業者への請求権、信託型なら信託の受益権、トークン化預金なら銀行への預金債権です。デジタル庁は、公金給付への活用を検討する対象として、この違いを持つ二つを並べて挙げました。給付を受け取る人が、誰に対するどんな権利を手にするのか。その選択は、まだ開かれています。
金融庁は2026年10月19日、9月30日に開いた「AI時代を見据えたオンチェーン金融フォーラム」第1回の議事録を公表した。デジタル庁の蓮井智哉 戦略・組織グループ統括官は、ステーブルコインとトークン化預金の公金給付への活用可能性を、技術面から検討すると述べた。
プログラマビリティで子育てや食料品などに使途を限る給付を想定し、本人確認とウォレットに関する知見を生かすとしている。あわせて、ステーブルコインの「金銭に準じた利用可能性」について諸法令での扱いを整理し、AI・デジタル改革推進会議で検討する。同じ会合では、日本銀行が当座預金のオンチェーン対応、財務省が国債のオンチェーン対応の研究会を10月に始めることを報告した。
From: 「AI時代を見据えたオンチェーン金融フォーラム」(第1回)議事録:金融庁
【編集部解説】
二つを並べたまま検討する、という選択
デジタル庁の発言で、まず目を引くのは「ステーブルコイン、トークン化預金」と二つを並べて挙げていることです。どちらを採用するかは、この発言では示されていません。
二つは画面の上では似た円建ての残高に見えますが、持っている人が、誰に対して、どんな権利を持つのかが違います。
| 発行する者 | 持つ人の基本的な権利 | 国内の例(金融庁資料より) | |
|---|---|---|---|
| 資金移動業型SC | 資金移動業者 | 資金移動業者に対する償還などの請求権 | JPYC(2025年10月発行) |
| 信託型SC | 信託会社・信託銀行など(受託者として発行) | 特定信託受益権(金銭信託の受益権) | JPYSC(2026年6月発行)、3メガバンクが共同で委託する信託型SC(PIP第1号、2026年度中の実取引開始を目指す) |
| トークン化預金 | 銀行 | 銀行に対する預金債権 | 北國銀行の地域通貨(2024年4月)、DCP・GMOあおぞらネット銀行などによる銀行間移転の実証実験(PIP第3号、2026年8月時点で43行が参加表明) |
この表は国内の主な取り組みを比べたもので、ステーブルコインの法的な分類をすべて並べたものではありません。また、仲介する事業者を通じて持つ場合の権利関係は、管理の方法や契約によって変わります。
給付にどの仕組みを使うかは、受け取る人の権利が誰に対するもので、どの資産や制度に支えられるかを選ぶことでもあります。破綻したときに守られる仕組みも、型によって異なります。
公金の給付は、国や自治体の施策によるお金が、受給者の手元に届く場面です。そこで使う型を選ぶことは、公的な信用を、どの民間の器に載せて運ぶかを選ぶことにほかなりません。二つを並べたまま技術面から検討を始めたのは、この選択の重さを考えれば自然な順序と言えます。
使い道を縛る設計と、止める権限
発言が想定するのは、プログラマビリティを使って、子育てや食料品などに使い道を限る給付です。
使い道を限る給付には前例があります。2021年の子育て世帯への10万円相当の給付では、先行する現金5万円に加え、追加の5万円相当をクーポンで配ることが当初の基本でした。鈴木俊一財務大臣(当時)は、子育て目的への限定と有効期限による消費喚起に合理性があると説明しています。その後、現金での一括給付なども認められました。今回の検討は、使い道を限る給付を、オンチェーン決済のプログラマビリティで実現できるかを探るものです。条件をどこに組み込むかなど、具体的な実装は示されていません。
ここで分けて考えたいのは、使い道の条件を組み込めることと、発行者などが後から資金を止められることです。この二つは、別々の設計上の論点です。海外の大手ドル建てステーブルコインでは、発行者が特定のアドレスの送受信を制限する機能をすでに運用しています。今回の給付で同じような権限を設けるかは、まだ示されていません。
止める権限を持つこと自体は、必ずしも悪いことではありません。同じ会合で金融庁の堀本局長は、オンチェーン決済の短所として、誤送信や不正な取引の取り消し、資金の回収が難しくなる可能性を挙げました。公金であれば、誤って配ったお金を取り戻せる設計はむしろ求められるでしょう。
問われるのは、その止める力を、誰が、どんな条件で、どこまで使えるのかです。使途の制限と凍結の権限が、受け取る人の側から見て予測できるものになっているか。ここが、主権の観点から最も注目したい点です。
鍵は誰が持つのか
蓮井統括官は、本人確認の手法と並んで「ウォレットの在り方」に関する知見を生かすと述べました。
給付を受け取るウォレットが、本人が鍵を持つものなのか、事業者が管理するものなのかで、受け取る人の立場は大きく変わります。本人が鍵を持てば、自分の資産を自分で管理できます。その代わり、鍵をなくしたときの責任も本人に寄ります。事業者が管理すれば使いやすくなる一方、資産へのアクセスは事業者を通すことになります。
7月の金融戦略は、ウォレット提供業者に関するリスク低減策のあり方を検討項目に挙げています。9月のフォーラム資料では、この論点を金融庁の「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」で扱うと整理しています。給付の設計とウォレットの規制は、別々の会議で並行して進むことになります。
もう一つの論点:「金銭に準じた利用」
デジタル庁はもう一つ、ステーブルコインを「金銭に準じて」使えるかという法令上の整理を引き継ぎました。
日本の法令には、支払いを「金銭」や「通貨」で行うことを前提にした規定があります。たとえば賃金は、労働基準法で通貨による支払いが原則です。2023年4月には、労使協定や労働者の同意などを条件に、厚生労働大臣が指定した資金移動業者の口座への支払いを認める制度が施行されました。この制度は、ステーブルコイン一般での給与払いを認めたものではありません。これは編集部が挙げた例で、デジタル庁がどの法令を対象にするかは示されていません。
この整理が進めば、ステーブルコインの使い道は、給付を受け取る場面にとどまらず、社会のさまざまな支払いの場面へ広がる可能性があります。検討の場は、デジタル行財政改革会議を改組した「AI・デジタル改革推進会議」です。その事務局は9月1日にデジタル庁に統合されました。
同じ机に並んだ、ほかの線
このフォーラムには、給付のほかにも多くの線が並んでいます。日本銀行は当座預金をブロックチェーン上の決済に使う技術検証を進め、財務省は国債のオンチェーン対応を検討する研究会の初会合を10月8日に開きました。全国銀行協会は、次世代の銀行間決済基盤を話し合う検討会を設けています。
金融庁の資料によれば、世界のステーブルコイン市場は2026年8月末時点で約3,100億ドル。その約83%をドル建てのUSDCとUSDTが占めます。国内で流通するのは、ドル建てのUSDCとRLUSD、円建てのJPYCとJPYSCです。
日銀当座預金や銀行間決済の検討は、金融機関を支える基盤に関わるものです。国債のオンチェーン対応も含むこうした議論に対して、公金給付は、オンチェーン決済を受給者の手元で使う可能性を探るものと見ることができます。これらに共通の基盤を使うかは、まだ示されていません。
決まっていないこと
現時点で示されたのは、技術面からの検討の方針です。どの給付に使うか、予算、時期、どの型を使うかは示されていません。また、公金給付への活用は、7月21日の「成長投資を促進するための金融戦略」で、すでにデジタル庁の検討項目とされていました。9月30日の発言は、その進め方を示したものです。
金融庁は、2027年初めに第2回の会合を開き、中間整理と官民連携のロードマップをまとめるとしています。
「配られるお金」を、自分のものとして持てるか
給付にトークンを使う議論は、効率化の話として語られがちです。けれども、Crypto Verseの視点から見ると、問われているのは別のことです。
国から受け取ったお金を、受け取った人が自分のものとして持ち、使えるのか。その答えは、どの型を選び、鍵を誰に持たせ、止める力をどこに置くかで変わります。
ロードマップでは、技術の選択とあわせて、この設計の考え方がどう言葉にされるのかを見ていきたいと思います。
【用語解説】
ステーブルコイン
法定通貨と同じ価値を保つよう設計されたトークン。日本の資金決済法では「電子決済手段」と位置づけられ、暗号資産とは区別される。
トークン化預金
銀行預金を、ブロックチェーン上で移転できる形にしたもの。法的には銀行に対する預金債権であり、発行するのは銀行である。
資金移動業型SC
資金移動業者が発行するステーブルコイン。持つ人は、発行した資金移動業者に対して償還などを求める権利を持つ。
信託型SC
信託会社や信託銀行などが受託者として発行するステーブルコイン。持つ人は特定信託受益権を持ち、裏付け資産は信託財産として分けて管理される。
プログラマビリティ
お金の動きに、あらかじめ決めた条件を組み込めること。条件を満たしたときだけ支払う、といった処理を自動で行える。
PIP(決済高度化プロジェクト)
ブロックチェーンを使った決済の実証を、金融庁が法令解釈の面から支援する枠組み。2025年11月に始まった。
ウォレット提供業者
利用者のためにウォレットを提供し、場合によっては暗号資産や電子決済手段を管理する事業者。金融庁の研究会で、リスクを抑える方策が検討される。
凍結の権限
発行者などが、特定のアドレスによるトークンの送受信を止められる権限。海外の大手ドル建てステーブルコインで運用されている。
【参考リンク】
AI時代を見据えたオンチェーン金融フォーラム:金融庁(外部)
金融庁が関係省庁と立ち上げたフォーラムのページ。2026年9月30日の第1回の議事次第、説明資料、議事録を掲載している。
デジタル庁(外部)
公金給付へのステーブルコインとトークン化預金の活用を検討し、「金銭に準じた利用」の法令上の整理も引き継いだ省庁のサイトである。
JPYC株式会社(外部)
円建てステーブルコイン「JPYC」の発行会社。資金移動業者として登録を受け、2025年10月にJPYCの発行と償還を始めた。
JPYSC発行のお知らせ(SBI新生銀行ほか、2026年6月24日)(外部)
SBI新生信託銀行などが、信託型の円建てステーブルコイン「JPYSC」を発行したことを知らせた、2026年6月24日の発表資料。
日本初、預金型ステーブルコイン「トチカ」のサービス開始について(北國銀行)(外部)
北國銀行が、預金をトークン化した地域通貨「トチカ」のサービスを始めたことを知らせた、2024年4月1日のニュースリリースである。
DCP(外部)
トークン化預金の基盤を手がける事業者。GMOあおぞらネット銀行などとともに、銀行間でトークン化預金を移す実証を進めている。
国債のオンチェーン対応に関する研究会 : 財務省(外部)
財務省が国債のオンチェーン対応を検討する研究会のページ。2026年10月8日に開いた第1回の開催実績と、配布資料を掲載している。
資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について|厚生労働省(外部)
賃金のデジタル払いの制度を案内する厚生労働省のページ。労使協定や労働者の同意、指定を受けた資金移動業者などの条件を説明する。
Circle | USDC Terms(外部)
CircleによるUSDCの利用規約。発行者が特定のアドレスの送受信を制限する場合について、規約の上での扱いを英語で定めている。
【参考記事】
説明資料(AI時代を見据えたオンチェーン金融フォーラム 資料2)(外部)
フォーラムの論点図、7月の金融戦略の抜粋、ステーブルコインとトークン化預金の国内外の動向をまとめた、金融庁の28ページの説明資料。
事務局説明資料(金融審議会 資金決済制度等に関するワーキング・グループ 第5回)(外部)
2024年11月21日の金融庁の事務局説明資料。電子決済手段の発行者の種類と、利用者が持つ権利の仕組みを図にして整理している。
3行共同発行ステーブルコインの2026年度中の実取引の開始と共同で検討を進めるための協議会の設置について(外部)
三菱UFJ、みずほ、三井住友の3行が、共同で発行するステーブルコインについて、2026年度中の実取引の開始を目指すと示した発表。
Tether Introduces New Policy to Strengthen Ecosystem Security(外部)
Tetherが2023年12月、米国の制裁対象リストに載ったアドレスのウォレットを、自主的に凍結する方針を公表した英語の発表である。
国債のオンチェーン対応に関する研究会(第1回) 配布資料 : 財務省(外部)
2026年10月8日に開かれた第1回の配布資料。国債のトークン化やオンチェーン対応の考え方を、財務省の事務局が整理して示している。
鈴木財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要:金融庁(外部)
2021年12月3日の大臣会見録。クーポンを基本とする給付について、子育て目的への限定と有効期限による消費喚起を説明している。
【Crypto Verse関連記事】
デジタル庁の公金給付へのステーブルコイン・トークン化預金活用検討と、「配られるお金を自分のものとして持てるか」の問いを、より広い文脈で理解するための関連記事をご案内します。日本のステーブルコイン・トークン化預金制度整備・凍結能力と発行体権限・機関金融オンチェーン化・決済公的インフラを横断的に読むことで、「公的な信用を、どの民間の器に載せて運ぶか」という選択が立体的に見えてきます。
日本のステーブルコイン・トークン化預金制度整備
- JPYSC始動―SBI・Startaleが国内初の信託型円ステーブルコインを発行 → 本記事内で明示的に言及される、信託型SC JPYSC動向。「資金移動業型(発行業者請求権)」「信託型(特定信託受益権)」「トークン化預金(銀行預金債権)」の権利構造対比の軸として両記事併読で立体的に理解できます。
- トークン化預金の銀行間決済に43社 焦点は決済資産の選択 → 本記事内で明示的に言及される、PIP第3号43行の動向。公金給付のトークン化預金選択肢の背景を理解できます。
- トークン化預金の銀行間決済、問いは実証から業界団体の議題へ → 本記事の業界団体議論動向と並ぶ、業界団体DCIOによる標準化動向。「公金給付の設計議論」「業界団体の議題化」両軸での日本の制度整備を理解できます。
- JPYC、公取委にステーブルコイン決済の競争環境を情報提供 導入店の割引について考え方を公表 → 本記事の資金移動業型SC動向と並ぶ、JPYC(記事内で明示的に言及される資金移動業型SCの代表例)の直近動向。
凍結能力・ステーブルコイン発行体権限
- ステーブルコイン「凍結」の定義なきまま―ABAが求めた4点 → 本記事の「止める力」議論と直接連動する、ステーブルコイン発行体の凍結義務整理動向。「海外大手ドル建てSCの凍結機能運用」「公金給付での止める権限の設計」の対比を両記事併読で立体的に理解できます。
- 【解説】Swift台帳・XRP・USDC|その価値は誰の負債として運ばれるか → 本記事の「誰に対するどんな権利を持つのか」議論と直接連動する、負債構造の3設計対比。
機関金融オンチェーン化・日銀/財務省・銀行間決済
- MUFG、国債レポをオンチェーンへ―権利は振替国債のまま帳簿と連動 → 本記事内で言及される財務省国債オンチェーン対応研究会動向と直接連動する、日本の国債オンチェーン実装事例。
- BNY、Digital Transfer Agencyでファンドの原簿をパブリックチェーンへ → 本記事の機関金融オンチェーン動向と並ぶ、米国側の機関金融オンチェーン動向。
- カナダ6大銀行のトークン化預金、ScotiabankとTDの二つの顔 → 本記事のトークン化預金動向と並ぶ、カナダ6行のトークン化預金共同検討動向。
- Appleの求人票が並記したトークン化預金、問いは誰の負債を載せるか → 本記事の「ステーブルコインとトークン化預金を並べて検討」構造と直接連動する、Appleの求人票でのトークン化預金並記動向。
決済・公的インフラ
- VisaとMastercard、ステーブルコインを置いた場所が違う|送金の入口か、企業の口座か → 本記事の直前姉妹記事。「国の公金給付でのステーブルコイン/トークン化預金の選択」「国際カードネットワークのステーブルコイン実装設計」の対比を両記事併読で立体的に理解できます。
- Samsung WalletがUSDC送金を開始へ チェーンは2本、利用者は鍵を持たない → 本記事の「鍵は誰が持つのか」議論と並ぶ、米国Big Tech端末のカストディ型ウォレット動向。
日本の制度整備
- 金融庁の新課名から「ブロックチェーン」が消えた|暗号資産監督の再配置を読む → 本記事の金融庁フォーラム動向と並ぶ、監督組織再編動向。「フォーラム設置」「監督組織再編」両軸での日本の制度整備を理解できます。
- 【解説】暗号資産の分離課税はまだ動かない。金商法改正成立で投資家が知るべき3つの変化 → 本記事の制度整備動向と並ぶ、日本の金商法改正動向。
【編集部後記】
Tetherは2023年12月、米国の制裁対象リストに載ったアドレスのウォレットを凍結する方針を、自主的なものとして公表しました。止める権限のルールを、発行者が自ら決めて発表したことになります。
民間のステーブルコインなら、それも一つの答えです。公金の給付で同じような権限を設けるなら、そのルールは誰が決め、どこに書かれるのでしょうか。受け取る人がそれを前もって読めるかどうかが、主権の境目になるはずです。

