Last Updated on 2026年10月19日 by Co-Founder/ Researcher
同じ10月15日、VisaとMastercardが、ステーブルコインを使う送金の仕組みを打ち出しました。ただ、今回動き出した機能でステーブルコインが入る場所は同じではありません。Visaは送金網に入れる前払いの資金に、Mastercardは企業の口座の中に置きました。その違いは、企業が誰に対する請求権を、どれだけの時間持つかの違いでもあります。
Visaは2026年10月15日、送金基盤Visa Directのステーブルコイン機能を試験運用から商用展開へ移すと発表した。最初の提供者はInyo Globalで、条件を満たす顧客は国際送金の前払い資金をUSDCでほぼリアルタイムに入金できる。Inyoの基盤は180以上の国への送金に対応する。同日、MastercardとBVNKは、法定通貨とステーブルコインを1つの口座で扱う「Mastercard Global Money Platform」を開始した。
1つのAPIで多通貨口座、両替、ステーブルコイン連動カード、Mastercard Move経由の現地銀行送金を提供する。発表では、ステーブルコイン残高からの銀行送金を2027年に40以上の通貨、200以上の国・地域へ広げる見通しとしている。
From: Visa Direct Launches Stablecoin-Powered Money Movement as Pilots Move to Production
From: Mastercard and BVNK Launch Global Money Platform to Power a Multi-Money World
【編集部解説】
同じ日に発表された2つのニュースは、どちらもステーブルコインを企業の送金に使うものです。ただし、今回具体的に動き出した機能を比べると、ステーブルコインが入る場所は違います。Visaが商用化したのは送金網に入れる「前払いの資金」、Mastercardが始めたのは「企業の口座」でした。この違いを読み解く鍵は、国際送金の裏側にある前払いの仕組みにあります。
国際送金では、支払いに備えて、送金網や提携先の口座へ資金をあらかじめ置いておくプリファンディング(前払い)が広く使われています。この残高には資金を寝かせるコストがかかり、補充も銀行や決済システムの稼働時間に左右されがちです。必要な残高や資金の手当て方は事業者や方式によって異なりますが、Visaは2025年9月に試験運用を発表した際、ステーブルコインによる前払いが大量の法定通貨残高を事前に寝かせておく必要から企業を解放すると説明していました。Mastercardの発表も、市場ごとに口座と業者と前払いの残高を抱える製造業を例に挙げ、運転資金が拘束される問題を指摘しています。両社が見ている課題は同じです。
Visaが今回Inyo Globalを通じて商用化したのは、この前払いの資金をUSDCで入れる機能です。Inyoはこれを、24時間使え、すでに使っているAPIのまま利用できる手段だと説明しています。2025年の試験運用の説明では、Visaは前払いされたステーブルコインを送金に使える資金として扱い、受取人は現地通貨で受け取れるとしていました。今回の商用化で変わるのは、送金網に資金を入れる側です。
なお、Visaは出口の側でも動いています。2025年11月には、受取人のステーブルコインのウォレットへ払い出す試験運用を別に発表しており、Visa全体の戦略を入口だけと見ることはできません。今回の発表で具体的に商用化が示されているのは、Inyoを通じた前払いの機能です。払い出し側の商用化の時期や提供条件は、これから示されていくことになります。
Mastercardが始めたのは、もう一段奥の仕組みです。Global Money Platformの中心は、法定通貨とステーブルコインが同じ口座に並ぶ「グローバル・マネー・アカウント」です。利用企業はステーブルコインの残高を保管し、必要なときに1つのAPIで両替し、Mastercard Moveを通じて受取人の現地の銀行口座へ現地通貨で送金できます。同じ残高は、Mastercardの加盟店での支払いにも使えるとしています。ステーブルコインは送金のために一時的に通るものではなく、口座の中の残高として扱われます。
この違いは、「その価値を、誰に対するどのような請求権として持つか」という問いに置き直すと見えやすくなります。銀行預金は銀行の負債です。USDCは、発行体であるCircleの償還義務と準備資産に支えられています(Circleから直接償還を受けるには条件があります)。Mastercardの発表本文は銘柄を挙げていませんが、BVNKの製品文書にはUSDCとOUSDの名前があり、どの発行体の負債を持つかは選ぶ銘柄で変わります。Visaの前払い機能についても、送金事業者がUSDCをどの時点で調達し、入金後にどう換金されるかは、今回の発表では示されていません。
整理すると、今回のVisaの機能は既存の送金網への入金を柔軟にするもの、Mastercardの機能はステーブルコインの保管と両替を企業の資金管理に組み込むものです。どちらが優れているという話ではありません。Visa側では、Inyoの既存APIを使えると説明されています。Mastercard側では、受け取り、保管、両替、支払いをまとめて扱えます。Mastercardが、必要な機能から始めて順次足せる構成を前面に出しているのは、導入の負担を意識したものと読めます。実際の導入作業の大小は、利用する機能と既存の仕組みによって変わります。
数字は、それぞれ何を指すかを押さえて読む必要があります。Visa側の「180以上の国」は、Inyoの基盤が送金できる範囲です。USDCによる前払いを使えるかどうかは、資格と地域によって異なるとVisaは注記しています。Mastercardの発表は、ステーブルコイン残高からの現地通貨での銀行送金を、2027年に40以上の通貨、200以上の国・地域へ広げる見通しとしています。一方、同日に更新されたBVNKの製品文書は、Mastercard Moveによる40以上の現地通貨での払い出しを、すでに機能として挙げています。両資料が示す提供範囲の関係は明示されておらず、使える地域や経路は個別の条件によります。今回の両社の発表には、具体的な手数料や取扱高は示されておらず、コストがどれだけ変わるかは、これからの運用で確かめられていきます。
ステーブルコインの残高を持つ設計では、発行体の信用と準備資産の健全性が、利用企業のリスクに直結します。2023年3月、準備資産のうち33億ドルを預けていた米シリコンバレー銀行の破綻を受けて、USDCは一時0.9ドルを下回りました。前払いに使う場合でも、USDCをどれだけの期間持つかによって、このリスクへのさらされ方は変わります。
日本の読者にとっては、制度の側からの読み方も欠かせません。日本では2023年6月1日に、電子決済手段の流通に関する制度が始まりました。法定通貨で額面償還され、不特定の者への支払いや売買に使えるなど、法令の要件を満たすステーブルコインが対象です。その売買や他人のための管理などを国内で業として行う場合は、原則として電子決済手段等取引業の登録が必要になります。国内では、SBI VCトレードが2025年3月26日にUSDCの一般向けの取り扱いを始めました。今回の両社の発表は日本を提供地域として名指ししておらず、国内の事業者が使えるかどうかは、各社の提供条件と、実際に行う業務に即した国内制度の両方に関わってきます。
国際送金の世界では、前払いの資金を「どこに」「どれだけ」置いておくかが、長く事業者のコストを左右してきました。今回の2つの発表は、ステーブルコインがその問いに入り込む入口を、違う2つの深さで示したものです。ステーブルコインが「送金の燃料」として使われるのか、「企業が持つお金」として定着するのか。2026年の秋は、その分かれ道が具体的な製品として並んだ時期として振り返られるかもしれません。
【用語解説】
Visa Direct
Visaのリアルタイム送金基盤。企業や金融機関が、カード・銀行口座・ウォレットなどへ国内外の払い出しを行うために使う。
プリファンディング(前払い)
送金の実行に備えて、送金網や提携先の口座へ資金をあらかじめ置いておく仕組み。残高を寝かせる資金コストが生じる。
USDC
Circleが発行する米ドル連動のステーブルコイン。準備資産に支えられ、条件を満たす利用者はCircleから償還を受けられる。
OUSD(Open USD)
米ドル連動のステーブルコイン。Stripe傘下のBridgeが発行する。BVNKの製品文書に、USDCとともに名前がある。同じティッカーを持つ別の銘柄があるため注意を要する。
Mastercard Move
Mastercardの送金サービス群。銀行口座・カード・ウォレット・現金受け取りなどへの国際送金を担う。
グローバル・マネー・アカウント
Global Money Platformの中核となる多通貨口座。法定通貨とステーブルコインを同じ口座に置き、1つのAPIで両替できる。法的な銀行預金口座を意味する名称ではない。
API
ソフトウェア同士が機能やデータをやり取りするための接続口。送金や両替の機能を、自社のサービスへ組み込む際に使う。
電子決済手段
2023年6月1日に始まった制度で定められた区分。法定通貨で額面償還され、不特定の者への支払いや売買に使えるなど、法令の要件を満たすステーブルコインが該当する。
電子決済手段等取引業
電子決済手段の売買や、他人のための管理などを業として行う事業。国内で行う場合は、原則として登録が必要となる。
【参考リンク】
Visa Direct(Visa)(外部)
Visaのリアルタイム送金基盤の紹介ページ。企業や金融機関が、カードや口座などへ国内外の払い出しを行う仕組みを説明している。
Inyo Global(外部)
Visa Directのプロセッサーで、USDCによる前払いを最初に商用提供する決済基盤の公式サイト。送金事業者やフィンテックが顧客だ。
Mastercard Move(Mastercard)(外部)
Mastercardの送金サービス群の公式ページ。約170億のエンドポイントと200以上の国・地域への到達を掲げる(2025年10月時点)。
BVNK(外部)
Mastercard傘下のステーブルコイン決済基盤の公式サイト。Global Money Platformで保管・両替・送金をまとめる。
USDC(Circle)(外部)
Circleが発行する米ドル連動ステーブルコインUSDCの公式ページ。準備資産の情報や、発行と償還の仕組みについて説明している。
電子決済手段等取引業・電子決済等取扱業を行うみなさまへ(金融庁)(外部)
金融庁による電子決済手段等取引業・電子決済等取扱業の案内ページ。登録の手続きや関連する法令、制度の資料がまとめられている。
【参考記事】
Visa Direct Taps Stablecoins to Unlock Faster Funding for Businesses(外部)
2025年9月30日のVisa発表。SIBOS 2025で、Visa Directにステーブルコインで前払いする試験運用を始めると表明した。
Visa Direct Stablecoin Payouts Pilot Speeds Up Access to Funds for Creators and Gig Workers(外部)
2025年11月12日のVisa発表。企業が法定通貨で用意した資金を、受取人のステーブルコインのウォレットへ払い出す試験運用を始めた。
Mastercard completes acquisition of BVNK to advance global stablecoin capabilities(外部)
2026年8月3日のMastercard発表。BVNKの買収を完了し、法定通貨とオンチェーンの決済をつなぐ基盤を取り込んだと説明している。
$3.3 Billion of USDC Reserve Risk Removed, Dollar De-peg Closes(外部)
2023年3月のCircle発表。シリコンバレー銀行に置いていたUSDC準備金33億ドルのリスクが解消し、ドルとの乖離が収まったと伝えた。
【国内初】ユーエスディーシー(USDC)一般向け取扱い開始のお知らせ ~国内で唯一、日本円でUSDCの取引が可能に~(外部)
2025年3月25日のSBI VCトレード発表。3月26日19時から、国内で初めてUSDCの一般向けの取り扱いを始めると案内している。
【編集部後記】
Mastercard Moveの公式ページを開くと、法定通貨の送金網としては、すでに200以上の国・地域、150以上の通貨に届くと書かれています(2025年10月時点の数字)。
これに対して、今回の仕組みで示された通貨の数は「40以上」です。ステーブルコインの残高から現地の銀行口座へ届く道は、既存の送金網のうち、まだ一部の通貨から敷かれていくことになります。その道が150の通貨に追いつく日が来たとき、企業の口座に置かれる残高の意味も変わっているのかもしれません。

