Last Updated on 2026年8月15日 by Co-Founder/ Researcher
「凍結」「バーン」「差し押さえ」。米国のステーブルコイン規制案は、発行者にこれらを実行する技術的な能力を義務づけようとしています。ところが、その動詞が何を意味するのかは、まだ条文に定義されていません。米国銀行協会が8月4日に当局へ求めたのは、規制の緩和でも強化でもなく、言葉の輪郭でした。
米国銀行協会(ABA)は2026年8月4日、連邦預金保険公社(FDIC)が6月5日付連邦官報に掲載した規則案(91 Fed. Reg. 34171)への意見書を出した。同案は、決済用ステーブルコイン発行者(PPSI)がFinCENとOFACの共同提案規則を守れば、GENIUS法に基づくFDICのBSA・制裁基準の要求を満たすとする構成を採る。
ABAはこの方式を支持しつつ、最終規則に4点の修正を求めた。3類型のPPSIで検査を担う連邦銀行監督当局をそろえること、子会社型の発行者に条件付きで親銀行のAML/CFTプログラムへの依拠を認めること、義務が準備資産のカストディアン銀行に及ばないと明記すること、「block」「freeze」「burn」など6語を定義しOFAC規制と整合させることである。
From: Letter to the FDIC on Permitted Payment Stablecoin Issuers | American Bankers Association
【編集部解説】
米国銀行協会(ABA)が規制当局に注文をつけた、という形のニュースです。ただ、注文の中身を開いてみると、重要な争点のひとつが、規制の強弱ではなく言葉の輪郭にあることが見えてきます。
まずはFDICの手つきから見ておきます。GENIUS法は、FDIC、OCC、FRB、NCUAといった各監督当局に対し、それぞれが所管する発行者向けにBSA(銀行秘密法)と制裁の遵守基準を定めるよう求めました。当局ごとに別々の基準が生まれれば、発行者は所属先によって違うルールを守ることになります。そこでFDICは、自前で基準を書き下ろす代わりに、財務省のFinCENとOFACが4月8日に公表し4月10日付連邦官報に掲載された共同規則案を守れば自らの要求も満たしたことにする、という参照方式を採りました。OCCも6月24日の規則案で同じ構成を採っています。ABAはこれを、負担の軽減と一貫性の両方に資する現実的な選択として支持しています。
支持が出発点である点は、押さえておく価値があります。FDICとOCCに宛てた書簡でABAは、勧告が採用されることを条件に規則案の基本的な考え方を支持しており、反発ではありません。発行者をBSA上の金融機関として扱う点、リスクが同等な既存の規制対象と義務を揃えようとする点、ステーブルコイン発行に固有の技術的アーキテクチャを認識している点は、いずれも適切だと評価しています。
そのうえでABAが最終規則に求めたのが4点で、Crypto Verseの読者にとって最も重いのは4つ目です。
定義されないまま、実装だけが義務になる
GENIUS法は発行者に対し、自らが発行したステーブルコインを差し押さえ、凍結し、バーンし、あるいは移転を阻止できる技術的能力を保持したうえで、正当な命令に従うことを求めています。FinCENの規則案は、これを31 C.F.R. § 1033.240として具体化しようとしています。同条は(a)で特定取引のブロック・フリーズ・リジェクトの義務を、(b)で正当な命令への遵守と技術的能力の保持を定める構成です。
ABAが求めたのは、ここで使われている「block」「freeze」「burn」「reject」「seize」「account」という6つの語を規則本文で定義し、既存のOFAC規制の用語と整合させることでした。
一見すると細かい話に見えます。しかしOFACの実務では、これらは互いに別の措置として使い分けられてきました。ブロックは対象資産を移転できない状態にして保全する措置で、所有権はブロックされた側に残ります。リジェクトは取引を処理せず送り主へ戻す措置で、資産が手元にとどまることはありません。いずれも、原則として実行から10営業日以内にOFACへ報告する義務が伴います。そしてブロックは、対象を確保する差し押さえ(seize)とも別の概念として扱われてきました。差し押さえそのものが所有権の移転を意味するわけではなく、所有権が政府へ移るのは没収(forfeiture)の段階です。
どれが適用されるかで、資産がどこにあり、誰のものであり続け、どういう手続きで戻り得るのかが変わります。そして少なくとも現行のOFAC規則には、ブロックやリジェクトに並ぶ標準的な措置としてのバーンは見当たりません。
この区別を、そのままオンチェーンに写すのは容易ではありません。スマートコントラクトのブラックリストに載せることはブロックなのか、フリーズなのか。バーンについては、FinCENの規則案自身が、凍結または焼却された分と同等のステーブルコインを別のウォレットへ再発行する実務を説明しており、連邦裁判所の命令が政府の管理するウォレットへの再発行を求める場合があることにも触れています。ただし、どの場面でバーンを命じるのか、再発行先をどう決めるのかといった具体的な運用基準までは、提案条文に定義されていません。「account」という語も、伝統的な金融では口座を指しますが、オンチェーンではアドレスなのか、ウォレットなのか、契約上の顧客単位なのか。動詞の意味が定まらないまま実装だけが先に進めば、同じ事態に対して発行者ごとに違う操作がなされ、保有者は自分の資産に何が起きたのかを知らされないまま結果だけを受け取ることになりかねません。
ABAが「遵守と執行における一貫性と法的確実性のため」と書き添えたのは、この不確かさを指しています。定義を求めることは、規制を緩める要求でも強める要求でもありません。輪郭を描いてほしい、という要求です。
第三者間の取引を止める、という新しい義務
規則案には、既存のBSA規制に前例のない要素も含まれます。ブロック・フリーズ・リジェクトの技術的能力と、正当な命令への対応能力が、発行者が直接の当事者ではないセカンダリー市場の取引にまで及ぶという点です。FinCEN自身が、これは他の類型の金融機関には現在適用されていない新しい要件であると説明しています。銀行や送金業者は、顧客関係のない第三者同士の取引を止める義務を負ってきませんでした。発行者だけが、スマートコントラクトを通じて事実上その位置に立つことになります。
ABAは6月9日にFinCENとOFACへ提出した意見書で、このセカンダリー市場の金融犯罪リスクについて、別途の規則制定かガイダンスによる明確化を求めました。8月4日のFDIC宛の意見書は、その内容を参照によって取り込む形をとっています。
同時にABAは、義務の射程が発行者にとどまることを明記するよう求めています。準備資産を預かるカストディアン銀行や、発行者にサービスを提供する他の金融機関にまでこれらの義務が及ぶと読めてしまえば、ステーブルコインを支える裏方の側が動きにくくなります。ABAは、会員銀行が準備資産のカストディアンや発行者の関連会社として、この生態系の中核を担っていると説明しています。
同等の検査なくして、同等の規制は存在しない
1点目の要求も、構造として重要です。GENIUS法のもとで発行者になり得るのは、預金保険の対象となる預金取扱金融機関(信用組合を含みます)の子会社、連邦適格決済用ステーブルコイン発行者、州適格決済用ステーブルコイン発行者の3類型。ABAは、この3つが同じBSA規制に服するだけでなく、AML/CFTと制裁の遵守について、3類型で検査を担う連邦銀行監督当局をそろえることを求めています。
あわせてABAは、預金取扱金融機関の子会社である発行者について、親銀行の全社的なAML/CFTプログラムへの依拠を認めるよう求めました。ただしこれは、本規則が発行者に課す固有の要件を織り込むことを条件としています。
これは銀行業界の立場からの主張でもあります。州免許で参入する発行者と、銀行子会社として参入する発行者のあいだにコンプライアンス負担の差が生まれることへの警戒が、背景にあります。その動機を差し引いたうえでも、指摘そのものの筋は追っておく価値があります。ABAの問題意識は、同じ条文であっても検査の主体が異なれば運用に差が生じ得る、という点にあります。
時計は動いている
議会がGENIUS法の実施規則の期限として定めた2026年7月18日は、すでに過ぎました。8月15日時点で、発行者に関する最終規則群はまだ確認できません。FRBが所管する発行者向けのBSA・制裁基準の規則案も、公表を確認できていません。
一方で法律自体の施行日は、2027年1月18日、または最終規則の発出から120日後の早いほうと定められています。つまり最終規則が早く出るほど施行も前倒しになる構造で、当局が時間をかけることと発行者の準備期間が延びることは、必ずしも一致しません。
意見募集がすべて閉じたわけでもありません。FinCENがOCC、FRB、FDIC、NCUAの4つの連邦金融監督当局と共同で6月18日に公表した、発行者の顧客確認プログラム(CIP)に関する規則案は、8月21日まで意見を受け付けています。
日本から見て
日本ではJPYCとJPYSCが動きはじめ、RLUSDが国内初の4号電子決済手段として取り扱われるようになりました。金融庁は8月、暗号資産とステーブルコインの監督体制を組み替えています。国内の枠組みは資金決済法の側で形が見えてきた一方、日本でもUSDCやRLUSDといった、米国の発行者によるドル建てステーブルコインが取り扱われています。
米国の最終規則がどの動詞にどういう手続きを結びつけるかは、日本の取引所を経由して保有している利用者の資産にも影響し得ます。凍結の条件、バーンの手続き、凍結された価値のその後の扱い。これは米国の国内規制の話であると同時に、日本の保有者の話でもあります。
定義が決まるということ
ステーブルコインの停止機能は、GENIUS法が作ったものではありません。主要なドル建てステーブルコインは以前から発行者側で特定アドレスの取引を止める機能を備えており、法はそれを追認して要件へと格上げしました。
そのうえでGENIUS法は、命令を出す側にも枠をはめています。法が定義する「正当な命令(lawful order)」は、権限ある裁判所または法律上の権限に基づく連邦機関が発するもので、対象となるステーブルコインまたはアカウントを合理的な特定性をもって示し、司法または行政による審査・不服申立ての対象となるものに限られます。発出できる主体、対象の特定性、争う道の確保という制約が、法文の側に置かれているわけです。
残っているのは、その命令を受けた発行者が実際に何をするのか、という一段下の層です。ABAが求めているのは、そこに言葉を与えてほしいということでした。定義が定まれば、発行者は何をすればよいかを知り、当局は何を検査すればよいかを知り、保有者は自分の資産に何が起こり得るのかを事前に知ることができます。
輪郭の描かれた権限は、輪郭のない権限より扱いやすい。規則案の段階でこの要求が出てきたことは、最終規則に向けた前向きな材料だと受け止めています。
【用語解説】
GENIUS法
決済用ステーブルコインの連邦規制の枠組みを定める米国の法律。2025年7月18日に成立し、Public Law 119-27として12 U.S.C. 5901以下に編入された。施行日は2027年1月18日、または各当局が実施のための最終規則を発出した日から120日後の、いずれか早いほうと定められている。
決済用ステーブルコイン発行者(PPSI)
GENIUS法のもとで発行の許可を受けた事業者。預金保険の対象となる預金取扱金融機関(信用組合を含む)の子会社、連邦適格決済用ステーブルコイン発行者、州適格決済用ステーブルコイン発行者の3類型がある。日本語の定訳はまだ定まっていない。
BSA(銀行秘密法)
1970年制定の米国法。金融機関に顧客確認、記録保存、疑わしい取引の報告などを義務づける、マネー・ローンダリング対策の基本法である。GENIUS法は、決済用ステーブルコイン発行者をこの法律上の「金融機関」として扱うと定めた。
AML/CFT
マネー・ローンダリング対策(Anti-Money Laundering)とテロ資金供与対策(Countering the Financing of Terrorism)の総称。国際的にはFATF(金融活動作業部会)が基準を定め、各国がこれに基づいて制度を整備している。
規則案(NPRM)とパブリックコメント
米国の行政機関が規則を定める際、案を連邦官報に掲載して一般から意見を募る手続き。Notice of Proposed Rulemakingの略。寄せられた意見を踏まえて最終規則が確定する。本件でFDICの意見受付は2026年8月4日に締め切られた。
正当な命令(lawful order)
GENIUS法第2条第16項が定義する概念。権限ある裁判所または法律上の権限に基づく連邦機関が発するもので、対象となるステーブルコインまたはアカウントを合理的な特定性をもって示し、司法または行政による審査・不服申立ての対象となるものに限られる。発行者は、この命令に従う技術的な能力を保持することが求められる。
ブロック/フリーズ/リジェクト
OFACの実務で使い分けられてきた措置。ブロックは対象資産を移転できない状態にして保全するもので、所有権は対象者に残る。リジェクトは取引を処理せずに送り主へ戻すもので、資産は手元にとどまらない。いずれも原則として実行から10営業日以内にOFACへ報告する義務が伴う。
バーンと再発行
オンチェーン上でトークンを消滅させる操作をバーンと呼ぶ。FinCENの規則案は、凍結または焼却された分と同等のステーブルコインを別のウォレットへ再発行する実務や、連邦裁判所の命令が政府の管理するウォレットへの再発行を求める場合があることを説明している。
差し押さえ(seize)と没収(forfeiture)
米国法では別の段階を指す。差し押さえは対象を確保する行為であり、それ自体が所有権の移転を意味しない。所有権が政府へ移るのは、没収の手続きを経た段階である。
セカンダリー市場(流通市場)
発行者が直接の当事者とならない取引。利用者どうしの送金、取引所での交換、自己管理ウォレットから加盟店への支払いなどが含まれる。規則案は、技術的な能力の要件をこの領域にも及ぼす構成を採っており、FinCEN自身が他の類型の金融機関には現在適用されていない新しい要件だと説明している。
顧客確認プログラム(CIP)
金融機関が口座開設時などに顧客の本人性を確認するための手続き。FinCENが4つの連邦金融監督当局と共同で2026年6月18日に公表した規則案は、これを決済用ステーブルコイン発行者にも求める内容で、意見の受付は8月21日までとされている。
4号電子決済手段
日本の資金決済法が定める電子決済手段の区分のひとつ。海外で発行された、いわゆる外国ステーブルコインを国内で取り扱う際の枠組みにあたる。
【参考リンク】
American Bankers Association(外部)
全米の銀行が加盟する業界団体の公式サイト。当局への意見書や政策提言を分野ごとに整理して公開しており、本件の書簡もここから辿れる。
FinCEN(金融犯罪取締ネットワーク)(外部)
米財務省の一部局。銀行秘密法に基づくマネー・ローンダリング対策の規則制定と、金融機関からの報告の分析を担う機関の公式サイト。
OFAC(外国資産管理室)(外部)
米財務省の一部局。経済制裁の運用を担い、ブロックとリジェクトの使い分けや報告義務についての実務基準やFAQを公表している。
FDIC(連邦預金保険公社)(外部)
州法銀行などを監督し、預金保険を運営する連邦機関の公式サイト。本件の規則案を提示した当局にあたり、規則制定の状況を追える。
OCC(通貨監督庁)(外部)
国法銀行を監督する連邦機関の公式サイト。FDICと同じ構成の規則案を2026年6月24日に公表しており、動きを並行して確認できる。
FDIC規則案(91 Fed. Reg. 34171)(外部)
本件でABAが意見を述べた規則案の全文。2026年6月5日付の連邦官報に掲載されたもので、意見の提出方法や期限も記載されている。
FinCEN・OFAC共同規則案(91 Fed. Reg. 18582)(外部)
実体規定の本体にあたる共同規則案。31 C.F.R. § 1033.240の条文案と、技術的な能力の要件についての詳しい説明が読める。
顧客確認プログラム(CIP)共同規則案(外部)
FinCENが4つの連邦金融監督当局と共同で提案した、発行者の顧客確認プログラムに関する規則案。意見の受付は8月21日までとされている。
GENIUS法(Public Law 119-27)(外部)
GENIUS法の法文そのもの。第2条第16項に「正当な命令」の定義があり、命令を発する側に置かれた制約の内容を直接確認できる。
【参考記事】
ABA: More work needed to harmonize BSA/sanctions requirements for stablecoin issuers(外部)
ABA Banking Journalによる報道。意見書の4つの要求を箇条書きで整理する。ただし用語リストの6番目は、書簡本体と語が異なる。
Stable Rules for Stablecoins: Treasury Proposes AML and Sanctions Framework for Issuers(外部)
Mayer Brownによる解説。技術的な能力の要件がプライマリーとセカンダリーの双方に及ぶ構造と、OFACの新設部の位置づけを整理する。
Stablecoin Issuers as Banks: FinCEN and OFAC Issue Comprehensive AML and Sanctions Rules under the GENIUS Act(外部)
King & Spaldingによる解説。発行者が銀行にも送金業者にも課されない義務を負う構造を、既存の銀行秘密法の規制と対比している。
FinCEN and OFAC Propose AML/CFT and Sanctions Framework for Permitted Payment Stablecoin Issuers: Five Things to Know(外部)
Covington & Burlingによる解説。規則案がプライマリー市場とセカンダリー市場をどう定義し分けているかを、取引例とともに示す。
TRM Labs Comment on FinCEN and OFAC’s Proposed Rule Implementing the GENIUS Act(外部)
ブロックチェーン分析企業による意見書。凍結・バーン・再発行の一連の手続きに法的な基準を求めており、ABAとは別の立場から同じ空白を指摘した。
ABA Viewpoint: The Genius Act rules are (almost) here. Here’s what banks should do(外部)
ABAによる状況整理。議会が定めた2026年7月18日の期限が過ぎたことと、各当局の意見募集が8月にかけて順次閉じる見通しを説明している。
【編集部後記】
ABAは7月24日、OCCに宛てた書簡で、意見期間の30日では足りないとして期限の延長を求めていました。規則案が投げかけた問いが、その枠を超える広さを持っていたからです。
今回のFDIC宛の書簡は、8月4日付。意見の締切当日でした。締切に間に合わせることと、答えを練ることは別の作業ですが、パブリックコメントという制度は、その両方を同じ箱に入れます。
日本の意見公募手続も、行政手続法が定める原則は30日以上です。この窮屈さは、海の向こうだけの話ではありません。
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