MUFG、国債レポをオンチェーンへ―新トークンは作らない

MUFG、国債レポをオンチェーンへ―新トークンは作らない

Last Updated on 2026年8月15日 by Co-Founder/ Researcher

日本国債をブロックチェーンに載せる、と聞いて身構えた方もいるかもしれません。けれどMUFGが2026年8月13日に示した設計は、新しい国債トークンを作らないというものでした。変わるのは権利ではなく、振替口座簿を何で管理するかという裏側だけです。3か月前に持ち越された宿題に、答えが出ています。


三菱UFJフィナンシャル・グループなどMUFG4社は2026年8月13日、Digital Asset HoldingsおよびProgmatとともに、ブロックチェーン「Canton Network」を活用した日本国債(JGB)レポ取引のオンチェーン化に係る実証実験を開始すると発表した。JGBの振替国債としての法的性質は維持したまま、ブロックチェーンと連動して口座管理機関の振替口座簿を更新し、トークン化預金やステーブルコインとの同時決済(DvP)を検証する。

あわせて、Secured Finance AGが提供するレンディング・プロトコルにより、レポ取引のライフサイクル全般を自動化する。本実証は、2026年2月に金融庁「決済高度化プロジェクト(PIP)」の支援決定を受けた実証実験の一部である。

From: 日本国債(JGB)レポ取引のオンチェーン化に係る実証実験開始について

【編集部解説】

2026年5月、Progmatが業界横断の「トークン化国債・オンチェーンレポWG」を立ち上げたとき、最大の未決事項は「どうやってJGBをオンチェーンに載せるのか」でした。振替制度上の国債そのものをトークン化するのか。それとも、国債に紐づく別の権利をトークン化するのか。当時のプレスリリースは前者について「オンチェーンメリットが限定的」と書くにとどめ、答えは示していませんでした。

3か月後の今回、その答えが出ました。MUFGが選んだのは、新しい国債トークンを作らないという道です。

オンチェーンで動かす対象は、法的にはあくまで「振替国債」のまま。ブロックチェーン上で残高が動いたら、それに連動して口座管理機関が持つ振替口座簿の記録も更新される。つまり、変わるのは権利の中身ではなく、振替口座簿という帳簿を何で管理しているか、という裏側の実装だけです。従来型のデータベースなのか、分散型台帳なのか。投資家から見える権利の姿は、今日と明日で1ミリも変わりません。

地味に聞こえるかもしれません。けれど、この地味さこそが今回の核心だと考えています。

理由は、機関投資家市場の入り口が「法的・会計税務的な連続性」だからです。カストディアン、証券会社、監査法人、そして規制当局。この人たちが新しい仕組みを受け入れられるかどうかは、既存の権利と同質かどうかで決まります。似ているけれど法的には別物のトークンを新設すれば、担保としての適格性も、会計処理も、税務の取り扱いも、すべてゼロから積み直しになる。「速くする」より先に「同じであること」を証明しにいく設計は、金融インフラに対する敬意の表れだと読み取れます。

もっとも、日本でこれを実現するのは米国よりも厄介です。米国のDTCCは、DTCで保管する米国債を「同じ権利のまま」トークン化するサービスを進めていますが、その法的根拠は統一商事法典(UCC)上のSecurities Entitlementという概念にあります。日本法に同じ権利は存在しません。振替国債としての同質性をオンチェーンでも担保するには、別途の法的整理か解釈の明確化が要る。Progmatはこの点をWGで議論中とし、2026年10月に「中間整理」として公表する予定を掲げています。まだ答えの出ていない論点を、答えの出る場所とスケジュールごと示しているのは、読者としても追いかけやすい構えです。

答え合わせは、もう一つあります。お金の側です。

5月の時点では、現金レッグはステーブルコインが主役として語られていました。今回の発表は、そこにトークン化預金(TD)を並べています。これは小さな変更に見えて、意味が違います。ステーブルコインは新しく市場に入ってくる層にとって使いやすい一方、既存の機関投資家にとっては、日々使い慣れた預金がそのままオンチェーンで動くほうが圧倒的に実務的です。国債側だけを24時間化しても、資金側が銀行の営業時間に縛られていれば、24時間のDvPは成立しません。ステーブルコイン関連の発表が続くなかで、MUFGとトークン化預金の組み合わせが公式文書に現れたこと自体が、この発表のもう一つの見どころだと言えます。

チェーンの選定も、5月からの変化として押さえておきたいところです。WG設立時にはAvalanche陣営とCanton Network陣営が同時に名を連ねていましたが、今回はCanton Networkに決まりました。理由は、機関投資家取引に不可欠なプライバシーの扱いにあります。Cantonは、一つの取引を関係者ごとの「ビュー」に分解し、権限を持つ当事者だけが自分に関係する部分を受け取る構造を取ります。無関係な参加者は、取引条件どころか、その取引があったことすら知りません。金融機関同士の取引を公開台帳に晒せないという当たり前の要請を、運用ルールではなくプロトコルの構造として満たしにいく設計です。なお、将来的なマルチチェーン前提は維持したうえで、今回の実証はまずシングルチェーン上でのDvP検証から入ります。

では、世界の現在地はどのあたりでしょうか。

Broadridgeの分散型台帳レポ基盤DLRは、2026年7月に月間8.0兆ドル、1日平均3,650億ドルを処理したと公表しています(8月10日発表、日次ベースで前年同月比28%増)。オンチェーン・レポは、もう構想ではありません。ただ、ここで読み違えたくないのは、この規模がすべてをブロックチェーンに置き換えた結果ではないという点です。既存の取引チャネルや実務と接合しながら、効果の見込める部分から段階的に組み込んだからこそ、商用利用まで到達している。日本が参照すべきは、置き換えの速度ではなく、この接合の作法のほうでしょう。

推進する側自身も、そこは冷静です。Progmatの齊藤達哉氏は、個別取引をすべて即時グロス決済にすると、清算機関のネッティングで圧縮されていた資金や証券の必要量がかえって増える可能性がある、と自ら書いています。即時決済は、常に資金効率を改善するわけではない。だからこそ当面の現実解は、既存のT+1市場や集中清算の領域を丸ごと置き換えることではなく、既存インフラでは拾いにくい日中取引、時間外、クロスボーダー、担保の即時移転といった領域から補完的に実装していくことになります。今回の実証が日中レポに照準を合わせているのは、この見立てと一致しています。

実装面の宿題も、発表者側が先に挙げています。ブロックチェーン上の残高と、法的な権利を示す振替口座簿の記録がずれれば、二重利用や不整合が生じる。だから正常系の確認だけでなく、通信の遮断や処理の遅延といった異常系まで含めて設計しなければ、商用には届かない。加えて、Secured Financeのレンディング・プロトコルは、EVM系チェーンで3年以上積み上げた設計思想をそのまま移植するのではなく、選択的開示や認可モデルを備えた形でCanton上のスマートコントラクトとして再設計・実装される段階にあります。つまりコードはこれから書かれるもので、監査を含む検証もこれからです。スマートコントラクトリスクは、業界全体でこれから作法が整えられていく領域でもあります。

最後に、この取り組みを人間主権という物差しで測ってみます。

レポ市場は、市場関係者以外からは驚くほど見えない領域です。けれど、国債市場の流動性形成、金融機関の日中の資金繰り、証券会社の在庫ファイナンス、デリバティブ取引の担保、そしてクロスボーダーの円資金需要。こうした領域を支える基幹的なインフラのひとつが、この市場です。

今回の実証が問うているのは、その基幹インフラをどんなレールの上に載せうるか、です。検証に使われるCanton Networkは、公開ネットワークとしての接続性を持ちながら、参加やアプリケーションごとに認可・アクセス制御を組み込める設計を取っています。ここは正確に押さえておきたいところです。Canton公式は自らを「パブリックなネットワーク」と説明する一方、バリデータノードの参加には現時点でスポンサーが必要であること、アプリケーションごとの認可設計は提供者に委ねられることを明記しています。齊藤達哉氏の整理を借りれば「オープン(パブリック・パーミッションド)」。インターネットが公開されたネットワークでありながら、銀行の顧客ポータルには認証が要るのと同じ構図です。

したがって、取引の中身が万人に公開されるわけではありません。それは金融取引として当然の要請です。それでも、レールそのものが特定の一社の専有物ではなく、参加者が接続していける共通基盤として設計されていく方向性は、主権という観点から意味のある変化だと考えています。

MUFGが書いているのは「実証実験およびその後の社会実装に向けて」という段階であり、本番のレールが決まったわけではありません。だからこそ、どんな設計思想が選ばれつつあるのかを、今のうちに見ておく価値があります。

日経は、MUFGが2027年度にも日本国債をブロックチェーン上で決済できるようにすると報じました。公式発表にこの時期は書かれていませんが、10月のWG中間整理、そして今回の実証。JGBと円という日本固有の資産を起点に、次の答え合わせが始まっています。

【用語解説】

レポ取引(Repo)
証券を担保に資金を調達・運用する取引だ。日本では、買戻・売戻条件付売買である「現先取引」と、現金担保付債券貸借である「現担取引」を総称してこう呼ぶ。資金調達者は信用力の高い国債を差し入れることで、無担保より低いコストで資金を得られる可能性がある。

振替国債
日本銀行を最上位機関とする振替制度のもとで、電子的な口座振替によって権利が管理される国債を指す。紙の債券は存在せず、振替口座簿の記録が権利の所在を示す。

振替口座簿
振替制度において、誰がどの銘柄をどれだけ保有しているかを記録する帳簿である。この記録の更新が、法律上の権利の移転にあたる。

口座管理機関
振替制度の階層構造のなかで、投資家の口座を管理し振替口座簿を備える金融機関を指す。本実証では三菱UFJ銀行と三菱UFJ信託銀行がこの役割を担う。

DvP(Delivery versus Payment)
証券の引き渡しと資金の支払いを条件付きで同時に実行し、片方だけが履行される事態を防ぐ決済方式である。証券は渡したが資金を受け取れないという元本リスクを抑制する。

現金レッグ
証券と資金を交換する取引において、資金側を指す呼称だ。証券側は担保レッグと呼ばれる。

トークン化預金(TD)
銀行預金をブロックチェーン上で移転できる形にしたもの。発行主体が銀行であるため、既存の機関投資家にとっては実務上の親和性が高いとされる。

レンディング・プロトコル
スマートコントラクトによって担保付資金取引を自動執行する仕組みである。約定条件の記録、担保の受け渡し、期中の時価評価、返済と担保返還までを一連で扱う。

T+1決済
約定の翌営業日に決済が完了することを指す。日本のレポ取引では標準的な決済サイクルとなっている。

即時グロス決済とネッティング
即時グロス決済は、個々の取引をそのつど全額決済する方式。ネッティングは、複数の取引の債権債務を相殺して決済額を圧縮する方式である。清算機関が担う後者は、必要な資金量を大きく減らす機能を持つ。

パブリック・パーミッションド
公開されたネットワークでありながら、参加やアプリケーションごとに認可・アクセス制御を設定できる設計を指す。Canton Networkの位置づけとして用いられる整理である。

選択的開示
取引の当事者など、権限を持つ関係者だけが必要な情報を参照できる仕組みを指す。無関係な参加者には取引データが渡らない。

Securities Entitlement
米国の統一商事法典(UCC)が定める、証券口座を通じて保有される権利の概念である。DTCCによる米国債トークン化の法的根拠とされる。日本の振替制度は同一の権利構成を採っていないため、振替国債の同質性をオンチェーンで担保する方法は検討課題となっている。

決済高度化プロジェクト(PIP)
金融庁が2025年11月7日、FinTech実証実験ハブ内に設置した決済分野特化の支援枠組みだ。Payment Innovation Projectの略。ブロックチェーンや関連法令に知見のある担当者を配置し、個々の実証実験を支援する。

【参考リンク】

Progmat, Inc.(外部)
デジタルアセット発行・管理基盤「Progmat」を提供する国内トップシェアの企業。本実証では既存実務の分析とプロダクト化を支援する。

Digital Asset(外部)
Canton Networkの開発企業。本実証ではトークン化の仕組みを提供し、トークンの発行・管理を支援する。

Canton Network(外部)
機関投資家向け金融に特化したブロックチェーン。本実証で用いられる分散型台帳である。

Canton Network FAQ(外部)
公開ネットワークとしての位置づけ、バリデータ参加の条件、アプリごとの認可設計を公式に説明したページ。

Secured Finance AG(外部)
スイス拠点のオンチェーン金融インフラ企業。本実証ではレポ取引のライフサイクルを実装するレンディング・プロトコルを提供する。

三菱UFJ信託銀行(外部)
本実証で口座管理機関を担う信託銀行。Progmatの創業を主導した経緯を持つ。

Broadridge(外部)
分散型台帳レポ基盤DLRを運営する米フィンテック企業。オンチェーン・レポの商用事例として本文で参照した。

DTCC(外部)
米国の証券保管・決済機関。DTC保管の米国債をCanton Network上でトークン化する計画を進めている。

金融庁(外部)
本実証を支援する「決済高度化プロジェクト(PIP)」を所管する行政機関。

【参考記事】

【速攻解説】MUFGが挑む「国債レポのオンチェーン化」とは?ー振替証券×デジタルマネーのインフラ像と「Canton Network」ー(外部)
Progmat代表の齊藤達哉氏による発表当日の解説。設計思想、Cantonの技術特性、即時決済の留保までを整理している。

Secured Finance、三菱UFJ信託銀行による日本国債(JGB)レポ取引オンチェーン化の実証実験にレンディングプロトコルを提供(外部)
実証に参画するSF社の自社発表。同社が担う4つのプロセスと、EVMからCantonへの再設計方針を説明している。

Broadridge’s Distributed Ledger Repo Processes $8.0 Trillion in July(外部)
DLRが2026年7月に月間8.0兆ドル、1日平均3,650億ドルを処理したとする発表。前年同月比28%増。

ブロックチェーン×デジタルマネーによる伝統的資産の取引と権利移転に係る実証実験が金融庁「FinTech実証実験ハブ」の支援案件に採択(外部)
今回のJGBレポ実証の上位にあたる案件。証券5社が振替有価証券を対象に権利移転を実証する。

決済高度化プロジェクト(PIP)の設置について(外部)
金融庁が2025年11月7日にPIPを設置したことを公表した資料。PIPが支援枠組みの名称であることが分かる。

【編集部後記】

三菱UFJモルガン・スタンレー証券は、国債入札の落札実績でプライマリー・ディーラーの首位に立っています。三菱UFJ銀行は海外投資家向けの円カストディを、三菱UFJ信託銀行と同社の出資先は国内機関投資家の資産管理を担っています。今回の実証は、JGBがいちばん集まる場所から始まった、ということでもあります。

自分たちの土俵で先に試す。その足場の強さは、同じ設計を他の金融機関が使えるかどうかとは別の話です。皆さんは、この最初の一歩を、どこまで共通インフラの話として読みますか。

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※本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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By山本 達也

『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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