Last Updated on 2026年9月18日 by Co-Founder/ Researcher
7月に「抜け道」とも読めた倫理規定は、9月の最終版で失効条項ごと書き換えられていました。それでも米上院の採決は49対50で、必要な60票には11票届きませんでした。ただし、この日に否決されたのは法案そのものではありません。上院で止まったのは、いったい何だったのでしょうか。
米上院は2026年9月15日、下院可決法案H.R. 3633(Digital Asset Market Clarity Act)の審議入り動議に対するクローチャーを採決し、賛成49、反対50で否決した。必要票数は5分の3にあたる60票で、クーンズ氏は投票しなかった。共和党からはコリンズ氏、ホーリー氏、モラン氏、ティリス氏の4人が反対した。
ティリス氏は再審議動議を提出するために反対票を投じ、結果の確定直後に同動議を提出した。採決に先立ち、ルミス氏、ブーズマン氏、スコット氏の3人は、州司法長官による執行の追加や制裁金の引き上げを盛り込んだ最終版の条文を公表していた。
From: U.S. Senate: Roll Call Vote 119th Congress – 2nd Session
【編集部解説】
採決の結果は49対50でした。60票に届かなかっただけでなく、過半数にも1票足りなかった数字です。
ただ、この日に上院が否決したのは、CLARITY Actそのものでも、審議入り動議そのものでもありません。否決されたのは、審議入り動議をめぐる討論を打ち切る「クローチャー」でした。
米上院で法案を本会議にかけるには、まず審議入りの動議を通す必要があります。その動議について討論を打ち切り、採決へ進むための手続きがクローチャーで、在任議員の5分の3、つまり60票が要ります。賛成は49票にとどまりました。このため上院本会議は、最終版の条文を修正案として審議する段階にも、法案本体の採決にも進んでいません。入口の扉が開かなかった、というのが正確な姿です。
7月25日の記事で、私は倫理規定の3つの特徴を取り上げました。提訴できるのが連邦司法長官だけであること。制裁金が「受領した対価の10%か50万ドルの、いずれか低い方」であること。そして2029年1月20日正午に効力を失い、それ以前の行為も責任を問えなくなることです。
米東部時間9月13日の夜に公表された最終版では、この3点が動いています。ルミス氏の事務所が公表した変更点の資料によれば、州の司法長官にも執行の役割が加わり、制裁金は「20%か50万ドルの、いずれか高い方」に改められました。対象者には、重大な財務的利益を売却するか、適格なブラインドトラストへ移すことが明確に義務づけられています。2029年の失効条項も、最終版の条文から削除されています。
7月に「抜け道か、権力分立への配慮か」と読みが分かれた箇所が、民主党側の要求に沿う方向へ書き換えられた。それでも、民主党からの賛成票にはつながりませんでした。
理由をひとつに定めることは、ここではしません。確かなのは、最終版の公表から採決まで2日足らずだったこと。そして、同じ倫理案に名前を冠された2人の議員が、そろって「反対」として記録に残ったことです。
その倫理案とは、共和党のティリス氏と民主党のガレゴ氏による「ティリス=ガレゴ案」です。ルミス氏らは、最終版がこの案を実質的にすべて反映したと説明しています。ガレゴ氏は反対票を投じました。ティリス氏も、記録の上では反対です。
ティリス氏の反対は、法案への反対ではありません。上院記者席の議場記録は、再審議の動議を出すために反対に回ったと明記しています。上院の規則では、再審議を求められるのは、採決で勝った側に投票した議員か、投票しなかった議員に限られます。賛成の側に票を残したままでは、この動議を出せないのです。ティリス氏は結果が確定した直後の午後3時01分に、この動議を提出しました。
この採決をめぐっては、共和党の反対を3人と数えた報道、賛否の数を入れ違えた報道、再審議の動議を出したのは院内総務だとした報道が見られました。上院の公式記録に照らせば、共和党で反対に記録されたのは4人で、そのうち1人は手続き上の反対です。
再審議の動議は、道を残すための仕組みです。前例もあります。2025年5月、ステーブルコインを扱うGENIUS法は一度クローチャーで否決され、再審議を経た11日後の採決でクローチャーが成立しました。同法はその年の7月に法律となっています。
もっとも、動議そのものが票を生むわけではありません。上院は採決の直後、大学スポーツに関する別の法案の審議へ移りました。仮に上院で可決されても、上院の修正案は下院の同意を得る必要があります。道は閉じていない。ただ、その道を歩ききる時間が残っているかは、別の問いです。
この否決で止まったのは、倫理規定だけではありません。
7月の記事で「技術者にとって重みがある」と書いた開発者保護も、ここで止まりました。最終版では、ブロックチェーン規制確実性法(BRCA)の部分が修正され、ソフトウェア開発者を送金業者として登録させない保護を維持したうえで、マイナーとバリデーターにも対象が広げられていました。非カストディアルウォレットを作る人、ノードを動かす人の法的な位置づけが、条文の上では一段はっきりしかけていたのです。
秘密鍵を自分で持つという選択が、法律の言葉で守られる。その一歩手前で、議会の時計が止まりました。
ステーブルコインをめぐる銀行業界との綱引きも、最終版では独自の形をとっていました。まず、ステーブルコインを保有しているだけで支払われる利回りや、銀行預金の利息と実質的に同じ支払いは禁じられています。そのうえで、コミュニティ銀行の預金に重大な悪影響が生じていると財務長官が書面で認定した場合には、追加の報酬規制を定める。財務長官がこの認定を行える期間は、制定から18か月に区切られていました。活動や取引に基づく報酬まで一律に禁止するのではなく、重大な預金流出が確認された場合に追加規制を発動できる安全弁を置いた設計でした。
では、米国の規制は止まるのか。ルミス氏自身が9月10日の発表で、SECとCFTCはこの法律の有無にかかわらず暗号資産の規則を書くと述べています。そのうえで、政権が替わるたびに揺れる規則ではなく、法律による持続的な解決を求めていました。否決が意味するのは規制の空白ではなく、ルールの主な書き手が議会から当局へ寄るということだと、私は読んでいます。
日本の読者にとっても、無縁の話ではないと考えます。EUではMiCAが2024年12月30日から全面的に適用され、既存事業者への経過措置も2026年7月1日までに終わりました。日本では、暗号資産を金融商品取引法の枠組みへ移す改正が成立しています。制度の土台を法律で固めた地域と、当局の規則に委ねる時間が続く米国。同じ技術に向き合う三つの法体系の差は、しばらく開いたままになりそうです。
それでも、何も残らなかったわけではありません。
1年を超える交渉で何が譲られ、何が譲られなかったのか。最終版の条文は、その記録です。次の交渉がどこから始まるにせよ、この条文はその有力な出発点として残ります。
【用語解説】
CLARITY Act(Digital Asset Market Clarity Act)
暗号資産の市場構造を定める米国の法案。下院で可決された法案番号はH.R. 3633。上院では、銀行委員会と農業委員会の条文を統合した最終版が、全文差し替え修正案として審議入りを待っていた。
クローチャー
米上院で討論を打ち切り、採決へ進むための手続き。通常の議題では、在任議員の5分の3にあたる60票が必要となる。
審議入り動議
法案を上院本会議の審議にかけるための動議。この動議についてもクローチャーの対象となる。
再審議動議
一度決した採決のやり直しを求める動議。上院規則第13条により、採決で勝った側に投票した議員、または投票しなかった議員が提出できる。
適格なブラインドトラスト
本人が運用の中身を知らず、関与もできない形で第三者に資産を管理させる信託のうち、法令の要件を満たすもの。公職者の利益相反を避ける手段として使われる。
GENIUS法
米国のステーブルコインに関する連邦法。2025年7月に成立した。
MiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)
EUの暗号資産市場規則。2024年12月30日から原則として適用され、既存事業者への経過措置は最長で2026年7月1日に終了した。
ブロックチェーン規制確実性法(BRCA)
利用者の資金を管理しない開発者などを、送金業者として扱わないことを定める規定群。CLARITY Actの最終版では、対象がマイナーとバリデーターにも広げられていた。
非カストディアルウォレット
事業者ではなく、利用者自身が秘密鍵を管理するウォレット。
コミュニティ銀行
地域に根ざして預金と融資を担う、比較的小規模な銀行。
金融商品取引法
日本で有価証券やデリバティブの取引を規律する法律。暗号資産の取引規制を資金決済法からこの法律の枠組みへ移す改正が成立している。
【参考リンク】
United States Senate(外部)
米国連邦議会上院の公式サイト。本会議の投票記録や議事日程、上院規則を公開しており、今回の採決の一次記録もここで確認できる。
U.S. Senate Daily Press Gallery(外部)
上院記者席の公式サイト。本会議の動きを時刻つきで日ごとに記録し、採決の結果や動議の提出、議題の移り変わりを掲載している。
Senator Cynthia Lummis(外部)
シンシア・ルミス上院議員の公式サイト。CLARITY Actの最終版条文と変更点の資料を公開しており、原文を確認できる。
U.S. Securities and Exchange Commission(外部)
米証券取引委員会の公式サイト。証券に該当する暗号資産の規制と規則制定を担い、提案中の規則や委員による声明を公開している。
U.S. Commodity Futures Trading Commission(外部)
米商品先物取引委員会の公式サイト。商品先物やデリバティブの市場を監督し、デジタル商品の規制にも深く関わる連邦機関である。
【参考記事】
Lummis, Boozman, Scott Release Final Clarity Act Text(外部)
3議員が採決前に最終版条文を公表した発表。民主党側の要求による126項目の変更と、ティリス=ガレゴ倫理案の反映を説明している。
What’s New in the Final Clarity Act Text(外部)
最終版の変更点をまとめた公式資料。州司法長官による執行、制裁金の引き上げ、財務長官の権限、BRCAの修正を項目別に示している。
Tuesday, September 15, 2026(外部)
上院記者席による9月15日の議場記録。クローチャーの否決と、ティリス議員による再審議動議の提出を時刻つきで記録している。
Here’s what’s actually different in the final CLARITY Act(外部)
最終版の変更点を分野別に整理した記事。保有だけに対する利回りの禁止と、預金流出時の財務長官の権限が別の仕組みだと説明している。
Clarity Act text lets crypto firms offer stablecoin rewards while shielding bank yield(外部)
ステーブルコイン報酬の妥協案を条文から読んだ記事。保有だけの利回りは禁じつつ、活動や取引に基づく報酬は認める構造を示している。
【Crypto Verse関連記事】
CLARITY Actクローチャー49対50否決と再審議動議の道を、より広い文脈で理解するための関連記事をご案内します。CLARITY Actシリーズの時系列・日本の金商法改正との対比・セルフカストディと開発者保護・ステーブルコイン制度動向を横断的に読むことで、「止まったのは法案ではなく入口」の意味が立体的に見えてきます。
CLARITY Act・米国規制動向シリーズ
- 【解説】CLARITY Act上院統合ドラフト公表|下院版の反CBDC条項は収録されず、倫理規定は2029年1月20日正午に失効 → 本記事内で明示的に言及される、7月25日時点の統合ドラフト分析。「2029年失効条項」「連邦司法長官のみの提訴」「制裁金の下限規定」が9月の最終版でどう書き換えられたかを両記事併読で立体的に理解できます。
- 「Coinbase 支持」の裏で膠着するCLARITY法案、トランプ氏の利益相反懸念が突きつける難題 → 本記事のクローチャー否決に至る経緯として、CLARITY Act膠着の政治レイヤーの背景。
- CLARITY Act、Coinbase・Rippleら200社超が上院に採決要求─成立確率60%に低下 → 本記事のクローチャー動向と並ぶ、業界200社超による採決要求動向。
- SECが「Regulation Crypto Assets」規則案の公開会合を突然中止―再設定日は未定 → 本記事の「規則の主な書き手が議会から当局へ寄る」議論と直接連動する、SEC規則制定側の停滞動向。「立法(CLARITY)」「規則(SEC)」双方の膠着を理解できます。
- ステーブルコインとトークン化で家計は軽くなる?米上院公聴会、賛否とCLARITY Actの行方 → 本記事のCLARITY Act動向と並ぶ、米議会でのステーブルコイン・トークン化議論動向。
- ステーブルコイン「凍結」の定義なきまま―ABAが求めた4点 → 本記事のGENIUS法先例動向と並ぶ、米国のステーブルコイン規則制定動向。
セルフカストディ・開発者保護
- MetaMask Agent Wallet の「セルフカストディ」を検算する—鍵の置き場所とガードレールの射程 → 本記事の「秘密鍵を自分で持つという選択が、法律の言葉で守られる。その一歩手前で止まった」議論と直接連動する、セルフカストディの実装事例。
- SecondFi始動|「鍵は自分のまま」EMURGOが挑む、暗号資産で使う・貯める・稼ぐ時代 → 本記事の非カストディアルウォレット動向と並ぶ、セルフカストディ型サービスの実装事例。
- EIP-8141「Frame Transaction」、Hegotá実装候補入り。ブテリンが週末投稿で解説 → 本記事のBRCA動向と並ぶ、Ethereum本体側の鍵管理設計動向。「法制度側の保護」「プロトコル側の設計」両軸を理解できます。
日本の暗号資産制度整備・金商法改正
- 【解説】暗号資産の分離課税はまだ動かない。金商法改正成立で投資家が知るべき3つの変化 → 本記事内で明示的に言及される、日本の金商法改正動向。「米国は規則を当局に委ねる時間が続く」「日本は法律で土台を固めた」の日米対比を理解できます。
- 金融庁の新課名から「ブロックチェーン」が消えた|暗号資産監督の再配置を読む → 本記事の監督体制動向と並ぶ、日本の監督組織再編動向。
- 【解説】CryptoPawnへの警告は貸金業法だった|19者の一覧に残る1行 → 本記事の直近姉妹記事。「米国CLARITY否決」「日本の貸金業法警告」いずれも法制と実務の距離を理解できます。
ステーブルコイン制度・国際対比
- 21金融機関のステーブルコイン新会社―利息を封じた側が発行体に回る → 本記事の「保有だけの利回り禁止」「活動報酬OK」条項と直接連動する、G7銀行連合のステーブルコイン戦略動向。
- AllUnity×Zebec、EURAUによる従業員福利厚生・法人決済をStellarで開始─MiCAR準拠ステーブルコインが実用フェーズへ → 本記事内で明示的に言及されるEU MiCA動向と直接連動する、欧州MiCAR準拠ステーブルコイン実用事例。「EU=法律で固定」「米国=当局規則」「日本=金商法移管」の三極対比を理解できます。
【編集部後記】
上院の投票記録を開くと、議題の欄には法案の正式な表題が長く書かれています。そこには、下院で可決された当時の中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する文言が、いまも残っています。
上院の最終版は、条文をまるごと入れ替える修正案として出される予定でした。表題は下院で可決されたときのまま、中身は2026年9月まで続いた上院の交渉の結果です。次にこの法案が議場で読み上げられるとき、同じ表題の下にはどの版の条文が置かれているのでしょうか。
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