Last Updated on 2026年9月3日 by Co-Founder/ Researcher
21の銀行が集まると伝えられましたが、名簿を数えると銀行ではない機関が3つ混じっています。ステーブルコインに利息を付けてはいけない土俵をつくるよう議会に求めてきたのは、ほかならぬ米国の銀行業界でした。その業界が、こんどは発行体の側に回ります。社名も、使うチェーンも、まだ決まっていません。
Bank of America、Citi、Goldman Sachs、MUFG Bankなど21の金融機関は2026年9月1日、ステーブルコインの発行を支える新会社を2026年下半期に設立することでコミットしたと発表した。クロージング条件が前提で、社名は未定。当初は米ドル建てに注力し、2027年上半期の市場投入をめざす。長期的にはG7の他通貨建てへ広げる構想で、ユーロ建てを優先に挙げる。
用途はホールセール・機関投資家・リテールにまたがり、クロスボーダー決済とデジタル資産の決済を想定する。該当する範囲で米国のGENIUS法とEUのMiCAへの準拠を意図する。参加は北米10、欧州8、東アジア1、中東1、アフリカ1の計21機関で、2025年10月に10行が公表した検討を引き継ぐものである。
From: Group of leading international financial institutions to establish stablecoin enterprise
【編集部解説】
21という数字は、21行ではありません。
一次情報の名簿を数えると、Fidelity Investments と WisdomTree は資産運用会社です。中東枠の Sirius International Holding は、銀行ではなく持株会社です。発表文が使っている語も financial institutions であって、banks ではありません。内訳は北米10、欧州8、東アジア1、中東1、アフリカ1。日本語で報じるなら「21の金融機関」が正確です。
この違いは言葉づかいの問題にとどまりません。資産運用会社が名を連ねているということは、この新会社が銀行の決済網だけでなく、運用商品の側から見た決済手段としても設計されうる、ということだからです。
さらに、Fidelity と WisdomTree はどちらも自前のステーブルコインをすでに持っています。Fidelity は2026年1月に FIDD を発表し、2月4日に提供を開始しました。発行体は連邦免許を持つ Fidelity Digital Assets, National Association で、OCC の条件付き認可は2025年12月12日付です。WisdomTree はニューヨーク州の信託免許で USDW を発行しています。自社トークンを走らせている2社が、共通トークンにも乗る。単独では届かない流通網があるという判断が、そこに表れています。
これは新しい話ではなく、1年近く続いてきた作業の続報です。
出発点は2025年10月10日でした。1対1の準備金に裏付けられたデジタルマネーを、G7通貨を軸に、パブリックブロックチェーン上で発行できないか。このとき名を連ねたのは10行です。Banco Santander、Bank of America、Barclays、BNP Paribas、Citi、Deutsche Bank、Goldman Sachs、MUFG Bank、TD Bank Group、UBS。今回の21機関と突き合わせると、このうち8行が残り、Barclays と BNP Paribas の名前がありません。10か月で機関数は倍以上になり、そのあいだに顔ぶれも入れ替わっています。
一方で、JPMorgan はこの21機関に入っていません。同社は JPM Coin というトークン化預金をすでに持っており、それとは別に独自のステーブルコインを検討したと報じられました。同社の広報担当者は、発行する計画はないものの、顧客の需要と規制次第であらゆる選択肢を検討するとコメントしています。連合に乗るか、単独で出すか、預金トークンで通すか。銀行の側にも複数の道が並んでおり、まだ一本に収束していません。
そして、ここがこのニュースのいちばん面白いところです。利息を封じるよう求めてきた側が、発行体に回ります。
GENIUS法の第4条(a)(11)は、発行者が保有者に対して、保有・使用・保持だけを理由に、いかなる形の利息や利回りも支払うことを禁じています。現金でもトークンでもその他の対価でも同じです。ただし条文は、発行者の関係会社や取引所が報酬を配る場合について明示していません。この抜け穴を塞ぐよう議会に求めてきたのが、ABA や州の銀行協会をはじめとする米国の銀行業界でした。OCC は規則案で、発行者が関係会社や関連第三者を介して保有者へ利息や利回りを支払う一定の契約関係について、発行者による禁止違反と推定する枠組みを提案しています。この推定は反証可能なものとされています。加盟店が独自に割引を出す行為は対象外とされました。
つまり銀行連合は、自分たちが狭くしてきた土俵に、自分たちで上がることになります。
では何で戦うのか。発表文が挙げているのは、銀行水準のコンプライアンス、強固なガバナンス、流通・提供網、機関投資家向けのリスク管理の4つです。利回りではなく、信頼と流通経路で勝負するという宣言だと読めます。デジタル資産の決済とクロスボーダー決済を用途の筆頭に置いているのも、この4つが最も効く場所を選んだということでしょう。
用途にリテールが含まれている点は、見落とされやすいところです。ホールセールと機関投資家だけなら、既存のトークン化預金の延長で足ります。リテールまで射程に入れたということは、一般の利用者が触れる決済手段として設計する意思がある、ということになります。
日本の読者にとっては、MUFG の置かれ方が読みどころです。
MUFG Bank はいま、3つの場所に別々の足を置いています。ひとつは今回の国際連合で、通貨は米ドル、枠組みは民間主導です。ふたつめは国内の円建てです。三菱UFJ銀行・三井住友銀行・みずほ銀行の3行を共同委託者、信託銀行等を受託者とする信託契約にもとづく信託型ステーブルコインで、3行は2026年6月10日、2026年度中の実取引開始をめざすと発表しました。使い道の検証も並走しています。野村證券・大和証券と3メガバンクのグループは2026年2月13日、国債・上場株式・投資信託・社債といった振替有価証券の権利移転と決済に、3行が共同発行を検討するステーブルコインを使えるかを確かめる実証が、金融庁の支援案件に採択されたと公表しました。
ここで気をつけたいのは、信託型かどうかで安全性が決まるわけではないという点です。USDT にも USDC にも準備資産はあります。USDC の場合、準備資産の大部分は BlackRock が運用するファンドに置かれ、BNY がカストディを担い、Circle の運営資金とは分別されています。異なるのは、適用される法律、保管と運用を誰が担うか、そして発行体が破綻したときに保有者がどんな権利を持つかです。同じ法定通貨連動型でも、資産保護の構造は一様ではありません。
みっつめは、参加していない場所です。金融庁の実証実験ハブで進む「トークン化預金の銀行間決済」には43社が名を連ねていますが、メガバンク3行はそこに入っていません。円はステーブルコインで、ドルは国際連合で、国内のトークン化預金は他行に委ねる。通貨と役割で参加先を分けている構図が、ここから見えてきます。
規制側の座標も、この10か月で動きました。GENIUS法と MiCA という2つの枠組みが揃ったことで、「準拠を意図する」と書けるだけの土台ができています。逆に言えば、2つの法域に同時に足をかける設計を、これから具体的に描く段階です。発行体の所在地、準備資産の構成と運用者、使用するブロックチェーン、各社の出資比率。いずれも今回は示されていません。会社そのものがまだ存在せず、設立自体もクロージング条件付きだからです。
検証できるものが何もない、という状態にも意味があります。
私たちがふだんステーブルコインを見るときは、コントラクトアドレスを開き、発行量を数え、準備金の開示を読みます。今回は、その対象がまだ生まれていません。2027年上半期という市場投入の時期も、発表文の言葉では aim、つまり目標です。だからこそ、これから公表される社名、免許、チェーン、準備資産の一つひとつが、そのまま検証の材料になっていきます。
ステーブルコインの時価総額はおよそ3,000億ドル規模に達し、USDT が6割前後を占めています。集計する事業者によって対象銘柄が違うため、総額は3〜5%ほど幅が出ます。この寡占に銀行連合が挑む構図だと読む見方が広がっており、発表当日には Circle の株価が約6%下落したとも報じられました。ただし発表文自体は、市場シェアにも競合にも一切触れていません。挑戦状として読むのは、受け取る側の解釈です。
銀行が長いあいだ守ってきたのは、口座と信用の管理でした。その機能をパブリックブロックチェーンの上に置き直そうという試みが、21の機関の共同事業という形で立ち上がります。2027年前半、私たちはおそらく、銀行の名前が並んだドルをチェーン上で見ることになります。そのとき最初に確かめるべきは、価格ではなく、誰に対するどんな請求権なのかという一点です。
【用語解説】
ステーブルコイン
法定通貨などに価値を連動させ、価格の安定を目指して設計された暗号資産。米ドル建てのUSDT、USDCが代表例である。
GENIUS法
2025年7月18日に成立した米国の連邦法。決済用ステーブルコインの発行者に関する規制の枠組みを定める。第4条(a)(11)は、発行者が保有・使用・保持のみを理由として保有者に利息や利回りを支払うことを禁じている。
MiCA
EUの暗号資産市場規制。域内で暗号資産を発行・提供する事業者に適用される包括的な枠組みである。
トークン化預金
銀行預金をブロックチェーン上で扱えるようにしたもの。預金としての性質を保つ点で、独立した発行体が出すステーブルコインとは法的な位置づけが異なる。JPMorganのJPM Coinがこれにあたる。
信託型ステーブルコイン
信託契約にもとづいて発行されるステーブルコイン。委託者と受託者を分け、裏付け資産を信託財産として扱う。日本の3メガバンクが検討している方式である。
準備資産
発行されたステーブルコインの価値を裏付けるために保有される資産。現金、短期国債、レポ取引などで構成される。誰が保管し、誰が運用するかは発行体ごとに異なる。
カストディ
有価証券や資産を第三者が保管・管理すること。USDCの準備資産ではBNYがこの役割を担う。
クロージング条件
契約や取引の成立に必要となる前提条件。これが満たされなければ、合意された設立や取得は実行されない。
ホールセール
金融機関どうしの大口取引を指す。個人向けのリテールと対比して用いられる。
振替有価証券
券面を発行せず、口座簿の記録によって権利を移転する有価証券。国債、上場株式、投資信託、社債などが含まれる。
コントラクトアドレス
ブロックチェーン上でスマートコントラクトが置かれている位置を示す識別子。トークンの発行量や移転履歴を誰でも検証できる。
FIDD
Fidelity Digital Assets, National Associationが発行する米ドル建てステーブルコイン。2026年2月4日に提供が始まった。
USDW
WisdomTree Digital Trust Company, LLCが発行する米ドル建てステーブルコイン。WUSDから名称を変更したものである。
G7
主要7か国。通貨としては米ドル、ユーロ、円、英ポンド、カナダドルが対象となる。
【参考リンク】
Circle|Transparency(外部)
USDCの流通量と準備資産の内訳を継続開示するページ。ファンドの運用者とカストディアンがそれぞれ誰なのかを確認することができる。
Circle|How the USDC Reserve Is Structured and Managed(外部)
準備資産をCircleの運営資金と分ける仕組みについて、発行体自身が説明した解説記事。倒産時における位置づけにも言及している。
WisdomTree Prime|From Rails to Reserves(外部)
USDWの発行体と役割を説明した公式解説。ニューヨーク州免許の信託会社が発行する点と、WUSDからの改称の経緯に触れている。
Fidelity Newsroom|ステーブルコイン提供開始のリリース(外部)
FIDDの提供開始を告知した公式リリース。発行体の正式名称と、2026年2月4日という提供開始日をここで確認することができる。
American Bankers Association|GENIUS法の間隙に関する連名書簡(外部)
利息付与の禁止を取引所や関係会社にも広げるよう議会に求めた、米国の銀行業界による連名書簡を掲載している公式のページである。
DefiLlama|Stablecoins(外部)
ステーブルコインの時価総額と銘柄別シェアを継続更新するダッシュボード。集計の対象となる銘柄が明示されている点も有用である。
【参考記事】
Implementing the Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act for the Office of the Comptroller of the Currency(外部)
OCCの規則案本体。発行者が関係会社などを介して利息を支払う一定の契約関係を、発行者による違反と推定する枠組みを提案する。
Group of leading international banks explores issuance of a 1:1 reserve-backed form of digital money(外部)
2025年10月10日付の共同リリース。初期の10行が実名で示されており、今回の21機関との突き合わせに用いた一次情報。
「ステーブルコイン」の共同発行に向けた検討開始について(外部)
2026年6月10日付の3行による共同発表。信託契約にもとづく設計と、2026年度中の実取引開始という目標が示されている。
ブロックチェーンおよびデジタルマネーを活用した伝統的資産の取引、権利移転ならびに決済の高度化に関する実証実験について(外部)
2026年2月13日付。国債や上場株式などの振替有価証券を対象に、3行が検討するステーブルコインの活用を確かめる実証である。
金融庁「FinTech実証実験ハブ」支援案件「トークン化預金の銀行間決済」の検証に43社が参加(外部)
参加43社の一覧を区分ごとに掲載。申請者、参加銀行、オブザーバーの全社名を一次情報として確認できるリリースページである。
【編集部後記】
発表文の末尾に、小さな但し書きが添えられています。広報を担当した Brunswick Group と、事業面の窓口である Boston Consulting Group は助言者にすぎず、コンソーシアムや参加各社を拘束する権限を持たない、と。
会社はまだありません。社名も、免許も、使うチェーンも決まっていません。それでも広報と戦略の担い手だけは先に決まっていて、しかも拘束しないと明記されている。21の名前が並ぶ前にこの一行を読んでおくと、発表の重さの測り方が少し変わってきます。
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