Last Updated on 2026年9月1日 by Co-Founder/ Researcher
セイラー氏が8月30日にXへ投じた2語が、Strategyの買い再開を示唆したと受け止められています。ただ、この10週間に同社が何をしていたかは、憶測ではなくSECへの提出書類にすべて書かれていました。休止ではありません。4回にわたる、原価割れの売却です。
Strategyの創業者兼エグゼクティブチェアマン、マイケル・セイラー氏は2026年8月30日、Xに保有推移のチャートとともに「We’re ₿ack」と投稿した。投稿は購入の時期も規模も示していない。同社が米証券取引委員会に提出した8-Kによれば、最後のビットコイン購入は6月22日開示分で、以降は6月29日から8月9日までの4回で計6,916BTCを売却した。売却代金は優先株STRCの買い戻しと配当に充てられている。
8月23日時点の保有は840,447BTC、取得総額633.6億ドル、平均取得単価75,385ドル。同社は同日までにUSD Reserveを51.0億ドルへ積み増し、ビットコイン取得にも充当できる新区分「USD Cash」15.9億ドルを8月24日に設けた。
From: Strategy Inc, Form 8-K (filed August 24, 2026)
【編集部解説】
「We’re ₿ack」は、まだ何も約束していない
創業者兼エグゼクティブチェアマンのマイケル・セイラー氏が8月30日にXへ載せたのは、2語のキャプションと、これまでの取得を点で並べたチャートでした。購入の時期も、規模も、それが済んだのかどうかも、投稿には書かれていません。
同じ形の日曜投稿が月曜の開示に先行した例は、確かに何度もあります。ただ、そこから「買った」を読み取れるのは、月曜の8-Kが出たあとです。
そして興味深いのは、その手前にあります。この10週間に同社が何をしていたかは、推測する必要がありません。提出書類にすべて書かれています。
買うのを止めていたのではない。売っていた
保有のピークは6月21日時点の847,363BTCでした。6月22日に開示されたこの購入を最後に、新たな購入はありません。その後に開示されたビットコインの取引は、4回の売却だけです。
| 対象週 | 売却量 | 売却総額 | 平均売却単価 | 週末保有 |
|---|---|---|---|---|
| 6月29〜30日 | 1,363 BTC | 8,080万ドル | 59,256ドル | 846,000 |
| 7月1〜5日 | 2,225 BTC | 1億3,520万ドル | 60,773ドル | 843,775 |
| 7月27日〜8月2日 | 1,638 BTC | 1億473万ドル | 63,957ドル | 842,138 |
| 8月3〜9日 | 1,690 BTC | 1億860万ドル | 64,262ドル | 840,447 |
7月中旬と8月中旬には、売買のない週もありました。それでも、この期間に開示された取引は売却が4回、購入はゼロです。
合計6,916 BTC、約4億2,933万ドル(約687億円、1ドル=160円換算、2026年8月31日時点)。平均すると1BTCあたり約62,078ドルで、同社の平均取得単価75,385ドルを1万3,000ドル以上下回ります。
「休止」という言葉が広く使われましたが、記録に残っているのは、原価割れでの現金化でした。
何を売ったかも、書いてある
もうひとつ、8-Kの数字を並べると見えてくるものがあります。平均取得単価の推移です。
6月8日の75,680ドルから、75,651ドル、75,578ドル、75,476ドル、75,419ドルと下がり、8月9日には75,385ドルになりました。
比例的に取り崩せば平均は変わらないはずですから、売却の対象には、それまでの保有平均より取得原価の高いビットコインが含まれていたことになります。四半期報告書には直接の数字があります。第2四半期に売却した1,395 BTCの元の取得原価は1億6,812万ドル。1BTCあたり約12万520ドルで、平均取得単価の1.6倍にあたります。
この1,395 BTCは四半期の合計で、5月末の32 BTCと6月末の1,363 BTCを合わせた数字です。また、高値で取得した分から優先して売る方針を採っているかどうかは、開示資料からは確認できません。
代金の行き先は、優先株だった
8-Kは売却代金の用途まで書いています。8月3日提出分では5,240万ドルが優先株の配当に、5,230万ドルがSTRCの買い戻しに。8月10日提出分では、全額がSTRCの買い戻しに充てられました。
STRCは額面100ドルの変動配当優先株です。5月下旬に額面を下回り、6月下旬には75ドル前後まで沈み、8月下旬には96〜98ドル台まで戻しています。
なぜSTRCなのか。同社の投資家向け資料によれば、STRCの想定元本は約100億ドルで、5本ある優先株のなかで最大です。10億ドルの優先株買い戻し枠についても、STRDなど他の銘柄も対象としつつSTRCが当初の優先対象だと明記されています。
そしてSTRCは、月次で配当率を見直し、USD Reserve・買い戻し・資本管理の枠組み全体で100ドル近辺での取引を支えるよう設計された銘柄だと、同社自身が説明しています。7月31日には配当年率を12.00%で維持すると発表し、STRCが額面近辺での取引を持続的に示すまで、この水準からの変更を取締役会に提案する意向はないと明記しました。
100ドル近辺への回復は、STRCを再び資金調達に使いやすくする条件になります。だから買い戻す。買い戻す原資として、ビットコインを売った。
ビットコイン保有を土台に組み上げた資本構造を守るために、その中核資産であるビットコインそのものを売った。この10週間に起きたのは、そういうことです。
ひとつ補っておくと、STRCはビットコインを担保に取っているわけではありません。同社は資料で、優先株はビットコインで担保されておらず残余資産への優先的な請求権を持つだけだと明記しています。示されているカバレッジの数字は経済的な指標であって、法的な担保ではありません。ビットコインは質入れされていない資産です。
現金を「買える形」に切り分けた、6日前
売却と並行して、ドルが積み上がっています。
5月25日に8億7,100万ドルだったUSD Reserveは、6月28日に25.5億ドル、7月26日に37.5億ドル、8月23日には51.0億ドルへ。3か月で約5.9倍です。
そして8月24日、同社はUSD Cashという新しい区分を設けました。残高は15.9億ドル(約2,540億円)。USD Reserveが優先株配当と利息の支払いにしか使えない(他用途には取締役会の承認が要る)のに対し、USD Cashはビットコインの取得、自社株や優先株の買い戻し、転換社債の返済などに充当できます。市場の急変に速く動くための設計だと8-Kは説明しています。
「ビットコインを買える現金」を会社が明示的に区分したのが8月24日。セイラー氏の投稿は、その6日後でした。
直近週の20.1億ドルは、ビットコインではなく普通株18,261,118株の売却で調達されています。優先株の発行はゼロでした。
会社はこれを、敗北とは呼んでいない
念のため書き添えると、同社はこの売却を後付けで説明しているわけではありません。
フォン・レーCEOは5月26日の発表で、転換社債を能動的に管理し、規律あるビットコイン売却を含むあらゆる資本管理手段を使うと述べています。6月29日にはUSD Reserveの取締役会方針を制定し、年間の配当・利払いの12か月分以上を維持する下限を自ら課しました。
売却は、宣言された枠組みの中で実行されています。ビットコイン・トレジャリー企業が価格下落局面で何を優先するのかを、初めて実データで見せた10週間だったと読むほうが、実態に近いと考えます。
数字を裏づけているのは、監査であってチェーンではない
ここまでの数字はすべてSEC提出書類に基づいています。Strategyは、公式にはオンチェーンのプルーフ・オブ・リザーブを出していません。
セイラー氏は2025年5月、ビットコイン2025の関連イベントでその理由を説明しています。ウォレットを公開すれば過去と将来の取引がすべて追跡可能になり、ハッカーや国家主体にとっての攻撃面になる。そして資産だけを示して負債を示さない証明は、企業の財務健全性を測る材料にならない。証券の投資家が必要としているのは、資産と負債の両方を大手監査法人が検証し、CEO・CFO・取締役会が法的責任を負って署名した10-Kや10-Qのほうだ、という主張です。
同じ場で彼は、個人に対しては「ビットコインを買って、自分で保管しろ」とも言っています。個人の自己保管と、上場企業の開示は別の作法だという整理です。
さらに、ゼロ知識証明でウォレットアドレスを完全に隠したまま準備を証明できるなら実施に前向きだとも述べています。カストディアン、取引所、監査法人、リスク管理、取締役会の合意が要るという条件つきですが、否定で終わってはいません。少なくともStrategyは、まだこの方式を採っていません。
一方でArkham Intelligenceは、同社の保有アドレスの大部分を独自に特定・公開しています。公式の証明がないことと、チェーン上で何も分からないことは、別の話です。
自分の資産を自分で証明する。その手段が、企業の規模と法的責任を背負ったときにどう形を変えるのか。答えはまだ、誰の手にもありません。
日本のトレジャリー企業にとって
Crypto Verseはこれまで、メタプラネットのSiiibo証券買収や、enishのビットコイン全売却とSolanaへの転換を扱ってきました。DATが「持つ」から「運用する」へ移る流れは、日本でも進んでいます。
そこにStrategyの10週間が加わると、参照できる前例がひとつ増えます。売却は必ずしも撤退ではなく、資本構造を守る手段になりうるという前例です。
ただし、そのまま当てはまるとは限りません。Strategyが守っていたのは、普通株より上位に位置し、配当率を掲げる優先株という資本商品でした。この種の商品を持たない企業にとって、売却が何を守ることになるのかは、また別の設計問題です。
これから開くもの
8月28日に約8.13万ドルの月間高値をつけたビットコインは、8月31日時点で7.8万ドル前後で推移しています。840,447 BTCの取得平均75,385ドルは、この水準なら上回っています。
積み上げた66.9億ドル(約1兆700億円)のうち、15.9億ドルは買うために使える形になっています。そのうちビットコインの売却が生んだのは4億ドル強で、残りは普通株の発行で調達したものです。
本稿の執筆時点で、次の週次8-Kはまだ提出されていません。そこに購入が記載されれば、10週間の一連の動作が完結します。記載がなければ、投稿はやはり投稿だったということになります。
どちらであれ、この10週間が示したものは変わりません。ビットコイン・トレジャリーという設計は、価格が下がったときに何を守り、何を差し出すのかを決めなければならない。その最初の答えが、公開の記録として残りました。
【用語解説】
8-K
米国の上場企業が、決算期を待たずに重要事象を随時開示するためSECへ提出する臨時報告書。Strategyは毎週月曜に、ビットコインの売買、資金調達、準備金の状況をこの形式で開示している。
STRC
Strategyの「Variable Rate Series A Perpetual Stretch Preferred Stock」。額面100ドル、配当は変動制で半月ごとに現金支払い。普通株より上位、債権者とSTRFより下位に位置する優先株であり、負債ではない。ビットコインを担保に取ってはおらず、残余資産への優先的な請求権を持つ。
USD Reserve / USD Cash
Strategyが自社の資本枠組みのなかで区分しているドル流動性。USD Reserveは優先株配当と借入利息の支払いに用途が限定され、他用途には取締役会の承認を要する。USD Cashは2026年8月24日に新設された区分で、ビットコインの取得、自社株や優先株の買い戻し、転換社債の返済などに充当できる。
プルーフ・オブ・リザーブ
保有資産をブロックチェーン上で証明する手法。FTXの破綻後に暗号資産取引所へ広がった。資産のみを示し負債を示さない点が限界として指摘されており、Strategyは公式には実施していない。
ゼロ知識証明
命題が真であることを、その中身を明かさずに証明する暗号技術。ウォレットアドレスを秘匿したまま準備を証明する手段として、プルーフ・オブ・リザーブへの応用が検討されている。
ビットコイン・トレジャリー企業(DAT)
暗号資産を準備資産として保有し、その保有を軸に資本を調達する企業。Digital Asset Treasuryの略。Strategyがこの形態の先例であり、日本ではメタプラネットなどが同様の設計を採る。
【参考リンク】
Strategy(外部)
ビットコインを準備資産とする米ナスダック上場企業の公式サイト。保有量、資金調達、準備金の状況をダッシュボードで公開している。
Strategy STRC(外部)
優先株STRCの解説ページ。額面100ドル、変動する配当率、資本構造上の位置づけ、担保関係の注記までを一枚にまとめている。
SEC EDGAR — Strategy Inc(外部)
Strategyが米証券取引委員会へ提出した書類の一覧ページ。本記事の数値は、ここに置かれた週次の8-Kと10-Qに基づく。
【参考記事】
Saylor signals Strategy is ‘Back’ to Bitcoin buying(外部)
セイラー氏のX投稿を受け、買い再開の観測を報じた記事。保有840,447BTCと平均取得単価75,385ドルを引いている。
Strategy Leaves Bitcoin Untouched, Raises $334M Selling MSTR Stock(外部)
8月10日から16日の週の8-Kを分析した記事。普通株の売却で得た3億3,370万ドルの振り分け先を、内訳まで示している。
Strategy ($MSTR) Files 8-K Outlining Planned Bitcoin Sale(外部)
6月29日から7月5日の売却を報じた記事。1,363BTCと2,225BTCそれぞれの売却額と平均売却単価を掲載している。
Michael Saylor calls onchain proof-of-reserves a ‘bad idea,’ rules it out for Strategy over security concerns(外部)
2025年5月のセイラー氏の発言を詳報した記事。ウォレット公開の危険性と、ゼロ知識証明への条件付きの姿勢の両方を伝える。
Arkham Identifies Another 70,000 Strategy BTC(外部)
オンチェーン分析企業による調査報告。追加で70,816BTCを特定し、合計およそ507,000BTCに到達したと発表している。
【編集部後記】
四半期報告書には、もうひとつ数字があります。Strategyは2026年上期に174,895BTCを平均約78,173ドルで買っていました。いまの価格では、その分はまるごと含み損です。
売られた高い原価のロットは、そこから出ています。半年前に積んだものを、半年後に配当の原資として崩す。ビットコインを長期で持つという設計と、優先株に毎月配当を払うという設計は、同じ会社のなかで別々の時間を生きているように見えます。
トレジャリー企業を見るとき、保有量と配当スケジュールのどちらを先に開きますか。
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