Last Updated on 2026年10月14日 by Co-Founder/ Researcher
カードの加盟店規約には、現金払いの客にだけ割引することや、別の支払い方法を勧めることを制限する条項が広くあります。発行体が加盟店手数料を取らない円建てステーブルコインで払う客に、店が割引をしたら、規約に触れるのでしょうか。JPYC株式会社は、この問いの背景にある市場の変化を、公正取引委員会に情報提供しました。
JPYC株式会社は2026年10月9日、同年9月14日に公正取引委員会へ、ステーブルコイン決済の登場を踏まえたキャッシュレス決済市場の競争環境とJPYCの仕組みについて情報提供を行ったと発表した。あわせて、JPYC決済の導入店が利用者向けに割引や送料無料などの優遇策を行うことについて、自社の考え方を公表した。同社は導入店から加盟店手数料を徴収しておらず、導入店は150以上に上る。
クレジットカード等の加盟店規約には現金利用者への割引の禁止などの条項があり、同社は公正取引委員会が2022年4月の報告書で示した独占禁止法上の考え方が新たな決済手段への優遇策にも当てはまると理解しているとした。内容は公正取引委員会の見解ではないとしている。導入店向けの相談窓口も設けた。
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公正取引委員会に対し、ステーブルコイン決済の普及を踏まえたキャッシュレス決済市場の競争環境に関する情報提供を実施
【編集部解説】
今回の発表は、公正取引委員会がJPYCの割引にお墨付きを与えた、という話ではありません。JPYCの発行体が市場の変化を当局に伝え、導入店に向けて自社の考えを示した、という発表です。それでも、この発表が投げかけている問いは小さくありません。決済手段ごとに値段を変える権利は、店にあるのか、それとも決済のルールにあるのかという問いです。
カードの加盟店規約に広く置かれてきた条項は、大きく3種類あります。カード払いの客にだけ上乗せ料金を求めることの禁止、現金払いの客にだけ割引することの禁止、そして別の支払い方法を客に勧めることの禁止です。店の側から見ると、カード払いの客を価格や取扱いで不利にしたり、別の決済手段へ誘導したりすることが、規約によって制限されるということです。
2022年4月に公正取引委員会がまとめた報告書は、この種の条項を取り上げました。ただし、条項そのものを違法としたわけではありません。問題になりうるとされたのは、国際ブランドやカード会社が一律に禁止する場合であり、ステアリングの禁止については有力な事業者による場合です。しかも、店どうしの競争を弱めたり、他の決済手段を排除したりするおそれがある場合に限って、独占禁止法上の問題(拘束条件付取引)となるおそれがある、という書き方です。その考え方がステーブルコインへの優遇策にも当てはまるというのは、JPYC株式会社の理解として示されたものです。
報告書の調査は2021年7月から2022年2月に行われました。電子決済手段の制度を設けた改正資金決済法は2022年6月に成立し、2023年6月1日に施行されています。報告書の公表後に制度が動き出し、電子決済手段としてのステーブルコインが実店舗でも使われるようになりました。その市場の変化を当局に届けることが、今回の情報提供の中身だと読めます。
JPYC株式会社は、利用者と導入店のあいだでブロックチェーン上の直接の価値移転により決済が完結するため、加盟店手数料を徴収しないと説明しています。店が自分のウォレットで直接受け取る形であれば、カード決済でいうアクワイアラ、つまり加盟店を管理する事業者を必ずしも必要としません。決済にかかる総費用を抑えられれば、その差額を価格やサービスに還元する余地が店に生まれます。同社代表取締役の岡部典孝氏が「公開型インフラ」と呼ぶ設計は、店の価格決定権という観点から読むことができます。Crypto Verseが問い続けている主権の言葉に置き換えるなら、これは店の主権の話です。
一方で、JPYC株式会社が加盟店手数料を取らないことと、決済に伴う費用が一切かからないことは別の話です。ステーブルコイン決済には、決済事業者のサービスを通す形もあります。ネットスターズは7月13日、「Stablecoin Pay」の提供開始を発表しました。対応通貨にはJPYCを含み、発表時点で公表した決済手数料率は0.98%です。デジタルガレージが8月に商用展開を始めた「DG SPS」は、既存の決済基盤とAPIで接続する設計で、JCBなどへの先行導入が予定されています。同じJPYCでも、直接受け取る形と、決済事業者を通す形の両方で広がり始めています。比べるときは、総費用に加えて、使いやすさや返金・紛争への対応も材料になります。ブロックチェーン上で確定した直接送金には、カード会社を介した売上の取り消しやチャージバックと同じ仕組みが、自動的に付くわけではありません。
円に戻すときの費用やネットワーク手数料をどう負担するかは、今回のリリースには書かれていません。導入を考える店にとっては、加盟店手数料がないことと、受け取りから入金までの総費用は、分けて確認したい項目です。
規模感にも触れておきます。JPYC株式会社によると、導入店は実店舗・移動店舗・ECを合わせて150以上です。発行・償還サービス「JPYC EX」の累計発行額は、9月18日時点で100億円を超えました。口座開設の申込は8月31日時点で約2万3000件です。累計発行額は、いま市中に出回っている残高とは別の数字です。口座開設の申込数も、開設済みの口座数や、実際に決済に使う人の数とは異なります。導入店の数からも、利用の頻度まではわかりません。数字の伸びと決済の定着は、別の物差しで測る必要があります。
導入店にとって実務上の意味が大きいのは、規約の中身や運用が決済事業者ごとに違う、とJPYC株式会社自身が明記している点です。だからこそ同社は相談窓口を設け、優遇策の中止を求められた場合なども含めて導入店の状況を把握し、必要に応じて当局への情報提供を続けるとしました。個々の店が規約を一人で読み解くのではなく、事例を集めて制度の側に届ける回路をつくる。ステーブルコインの発行体が、技術だけでなくルールづくりの当事者として動き始めたことは、記録しておく価値があります。
この先、店頭で「JPYC払いなら少し安い」という表示が目に入るようになれば、支払い方法によって値段が変わりうることを、客が店頭で目にする機会が増えます。値段の違いが見えることは、決済手段どうしの競争が客に届く、最もわかりやすい形です。公正取引委員会がこの問いにどう向き合うのか、そして既存の決済事業者がどう応えるのか。今回の情報提供は、その議論の入口に置かれた一つの資料です。
【用語解説】
ステーブルコイン
法定通貨などに価値を連動させるよう設計されたデジタル資産。JPYCは1JPYC=1円で発行・償還される日本円建てのものである。
電子決済手段
2022年6月に成立し、2023年6月1日に施行された改正資金決済法で設けられた区分。法定通貨と同額で発行・償還されるステーブルコインなどが該当する。
加盟店手数料
キャッシュレス決済を受け付ける店が、決済事業者に支払う手数料。売上に一定の料率をかけて差し引かれるのが一般的である。
国際ブランド
Visa、Mastercard、JCBなど、カード決済のネットワークを運営し、カード会社にブランドの使用を許諾する事業者。
アクワイアラ
店と加盟店契約を結び、カード決済の売上を店に支払う事業者。加盟店手数料の受け取り手となる。
ステアリング
カード会員がカードを提示したときに、店が現金や他社のカードなど、別の決済方法の利用を求めたり促したりすること。公正取引委員会の報告書の定義による。
拘束条件付取引
独占禁止法が定める不公正な取引方法の一つ。取引の相手方の事業活動を不当に縛る条件を付けて取引することを指す。
チャージバック
カード会員の申し立てなどを受けて、カード会社が店への売上の支払いを取り消し、代金を会員に戻す仕組み。
ウォレット
暗号資産やステーブルコインを保管し、送金や受け取りを行うためのソフトウェアやサービス。
【参考リンク】
JPYC株式会社(外部)
日本円建てステーブルコイン「JPYC」の発行体。資金移動業者として2025年10月から発行し、4チェーンで流通させている。
公正取引委員会「クレジットカードの取引に関する実態調査について」(外部)
2022年4月8日公表。加盟店規約のサーチャージ禁止、現金割引禁止、ステアリング禁止の各条項を独占禁止法の観点で整理した。
NETSTARS(外部)
マルチキャッシュレス決済「StarPay」の運営会社。2026年7月、JPYCなどに対応する「Stablecoin Pay」を始めた。
デジタルガレージ(外部)
決済プラットフォーム事業を軸とする企業。2026年8月10日、ステーブルコイン決済基盤「DG SPS」の商用展開を始めた。
【参考記事】
日本円ステーブルコイン「JPYC」、累計発行額100億円を突破(外部)
JPYC株式会社、2026年9月18日。JPYC EXの累計発行額が同日時点で100億円を超えた。ログイン方式の刷新にも触れる。
日本初※、ステーブルコイン決済に対応する「Stablecoin Pay」本格始動(外部)
ネットスターズ、2026年7月13日。対応通貨にJPYC、USDC、USDTを挙げ、決済手数料率を0.98%(非課税)と公表した。
ネットスターズ、「Stablecoin Pay」の店頭決済実証実験を完了(外部)
ネットスターズ、2026年8月17日。ローソンの1店舗で、JPYCを含むステーブルコインを既存のPOSレジとつないで検証した。
デジタルガレージ、次世代決済インフラを支えるステーブルコイン決済基盤「DG Stablecoin Payment Service™(DG SPS™)」の商用展開を始動(外部)
デジタルガレージ、2026年8月10日。既存の決済基盤とAPIで接続する設計で、JCBとDGFTへの導入とJPYC対応を予定する。
令和4年資金決済法等改正に係る政令・内閣府令案等の公表について(外部)
金融庁、2022年12月26日。電子決済手段の制度を設けた改正資金決済法が2022年6月3日に成立したことを記している。
JCB加盟店規約(2026年4月1日改定版)(外部)
株式会社ジェーシービー。第11条第2項で、他の決済手段の利用を求めることや、会員に不利な差別的取扱いを加盟店に対して禁じる。
【Crypto Verse関連記事】
JPYC公取委情報提供と「導入店の値付けの自由」をめぐる考え方公表を、より広い文脈で理解するための関連記事をご案内します。JPYCの直近動向・日本の決済基盤とステーブルコイン決済・機関金融オンチェーン化・ステーブルコイン国際動向を横断的に読むことで、「決済手段ごとに値段を変える権利は、店にあるのか、それとも決済のルールにあるのか」という問いが立体的に見えてきます。
JPYC・日本のステーブルコイン制度整備
- JPYCの「流通量」は何を数えた数字か|約6億円減の読み方 → 本記事のJPYC動向と並ぶ、JPYC流通量の性質を読み解く記事。「累計発行額100億円超」「口座開設申込2.3万件」など、本記事で触れる数字の読み方を両記事併読で立体的に理解できます。
- JPYCの乖離を埋めたのは発行上限ではない|供給2.2倍の24時間 → 本記事のJPYC動向と並ぶ、海外取引所でのJPYC動向。「国内加盟店展開」「海外取引所乖離」両軸でのJPYC動向を理解できます。
- 【解説】JPYC×AZ-COM丸和|10億円超の出資検討と2300社B2B決済を構造で検証 → 本記事の加盟店決済動向と並ぶ、JPYCのB2B決済実装事例。「個人向け店頭決済」「法人間B2B決済」両軸でのJPYC用途を理解できます。
- JPYSC始動―SBI・Startaleが国内初の信託型円ステーブルコインを発行 → 本記事のJPYC動向と対比される、信託型円ステーブルコイン制度整備動向。「資金移動業型(JPYC)」「信託型(JPYSC)」の設計対比を理解できます。
- SBI VCトレード×リップル―「RLUSD」が国内初の「4号電子決済手段」として取扱い開始 → 本記事の電子決済手段動向と並ぶ、ドル建てステーブルコイン制度整備動向。
日本の決済基盤・ステーブルコイン決済
- デジタルガレージ、ステーブルコイン決済基盤「DG SPS」商用展開を始動―JCB・DGFTへ先行導入予定 → 本記事内で明示的に言及される、デジタルガレージのステーブルコイン決済基盤動向。「直接受け取り(JPYC手数料0%)」「決済事業者経由(DG SPS)」の対比を両記事併読で立体的に理解できます。
- ネットスターズ「Stablecoin Pay」本格始動—JPYC/USDC/USDT対応、手数料率0.98% → 本記事内で明示的に言及される、ネットスターズの決済基盤動向。「直接受け取り」「0.98%」などの料率感覚を比較できます。
- au PAYで暗号資産ウォレット提供開始、KDDIら「αU wallet」 → 本記事の店頭決済動向と並ぶ、日本の決済アプリ×セルフカストディ動向。「αU walletのJPYCチャージ→au PAY残高」「JPYC直接決済」の対比を理解できます。
- Samsung WalletがUSDC送金を開始へ チェーンは2本、利用者は鍵を持たない → 本記事の店頭決済動向と並ぶ、米国側のBig Tech×ステーブルコイン決済動向。
機関金融オンチェーン化・業界団体標準化
- トークン化預金の銀行間決済、問いは実証から業界団体の議題へ → 本記事の業界発ルールづくり動向と並ぶ、業界団体DCIOの標準化動向。「発行体がルールづくりの当事者として動く」構造を両記事併読で立体的に理解できます。
- トークン化預金の銀行間決済に43社 焦点は決済資産の選択 → 本記事の決済市場動向と並ぶ、日本の金融庁PIP機関金融インフラ動向。
ステーブルコイン国際動向
- 【解説】Swift台帳・XRP・USDC|その価値は誰の負債として運ばれるか → 本記事の「公開型インフラ」議論と並ぶ、決済インフラの3設計対比。「アクワイアラ不要の直接送金」「トークン化預金/ステーブルコインの設計対比」を理解できます。
- 中国、台帳は推進し暗号資産の業務は禁じる|新質生産力の意見と8部門通知を読む → 本記事の直前姉妹記事。「日本のJPYC公取委情報提供による市場競争の整備」「中国の暗号資産業務全面禁止」のガバナンス・市場モデルの対比を両記事併読で立体的に理解できます。
日本の制度整備
- 【解説】暗号資産の分離課税はまだ動かない。金商法改正成立で投資家が知るべき3つの変化 → 本記事の日本制度動向と並ぶ、日本の金商法改正動向。
【編集部後記】
8月17日に結果が公表された実証では、ローソンの1店舗で、JPYCを含むステーブルコインを既存のPOSレジにつないで決済できることが確かめられました。実証の段階ながら、決済事業者を通す形でも、JPYCはコンビニのレジにまで届いています。
同じ「JPYC払い」でも、店が自分のウォレットで直接受け取るか、決済事業者を通すかで、店が負う費用は変わります。店頭に「JPYC払いなら少し安い」と掲げられたとき、その差額はどちらの仕組みから生まれたものなのか。値札の向こう側まで見てみたいと思っています。
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