Last Updated on 2026年10月9日 by Co-Founder/ Researcher
日立は、事業者間で共有する情報に個人属性情報を含めないとしています。それでも金融庁の実験結果には、アドレス等を個人データとして第三者に提供する場合の考え方が整理されています。10月1日に始まった暗号資産向けのAML監視サービスは、「高リスク」と判定された側が訂正を求める道をどう設けるかという問いを、実証の段階から抱えています。
日立製作所は10月5日、暗号資産やステーブルコインの取引を対象とするアンチ・マネー・ローンダリング(AML)モニタリングサービス「Digital Asset AML Platform」の提供を10月1日に始めたと発表した。取引後のリスク変化を継続的に確認する「事後モニタリング」、取引前に相手先アドレスを評価する「オンライン即時評価」、ステーブルコインなどの発行後の流通リスクを確認する「トークンモニタリング」の3機能を備える。
事業者間で共有する情報はウォレットアドレスやトランザクションハッシュ、検知理由などのリスクシグナルを想定し、個人属性情報は共有の対象外とした。2026年3月から5月に金融庁「FinTech実証実験ハブ」の支援決定案件として17社と実施した実証の成果を土台とする。
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日立、暗号資産・ステーブルコインなどのデジタルアセット取引向けAMLモニタリングサービスDigital Asset AML Platformを提供開始
【編集部解説】
自分のウォレットアドレスに、ある日「高リスク」の札が付いたとします。その札は、取引した覚えのない事業者の監視にも生かされるかもしれません。日立が10月1日に始めたDigital Asset AML Platformは、こうしたリスク情報を事業者の間で活用する仕組みを、実証から商用サービスへ移したものです。
仕組み自体は、取引の流れに沿って整理すると分かりやすくなります。送金の前に相手先を確かめるのが「オンライン即時評価」、取引の後に新たに判明したリスク兆候を確かめ続けるのが「事後モニタリング」です。
三つ目の「トークンモニタリング」は、ステーブルコインの発行体に向けた機能です。自社が発行したコインが、いまどのようなウォレットに渡っているかを継続的に追います。金融庁の公表資料は、その使い道の例として、犯罪に使われた疑いのある電子決済手段の凍結・消却を挙げています。
発行体が自社のコインの行き先を把握できることは、円建てステーブルコインが広がる局面で重い意味を持ちます。今回の実証に、発行体であるJPYCが参加していたことも象徴的です。
このサービスの核は「共助」にあります。不正な資金は、複数の取引所やチェーンを渡り歩いて出所を隠します。一社の保有情報だけでは、全体像を捉えにくい場合があります。ある事業者が気づいた兆候を、ほかの事業者の監視にも生かす。金融庁は実験結果のまとめで、暗号資産の分野でも共助によるマネー・ローンダリング対策の高度化が期待されると結んでいます。
日立は、事業者間で共有する情報として、アドレスやトランザクションハッシュ、検知理由といった「リスクシグナル」を想定し、個人属性情報は共有の対象としないと説明しています。
ここで押さえておきたいのは、個人属性情報を共有しなくても、アドレスが個人データとして扱われる場面がありうるという点です。個人情報保護法では、ほかの情報と容易に照合して特定の個人を識別できる情報も個人情報にあたります。金融庁の公表資料には、個人情報保護委員会の助言を踏まえ、個人データであるアドレス等を第三者に提供する場合の考え方が整理されています。財産の保護を理由とする例外では、詐欺への関与の蓋然性や提供するデータ・提供先の範囲の合理性を踏まえた個別の利益衡量に加え、本人の同意を得ることが困難かどうかも判断の対象になります。
同じ資料で金融庁は、機械学習を使う場合も含め、アラートの根拠が分かるようにする必要があると助言しています。また、誤検知で顧客等の権利利益が不当に害されないよう、データの正確性の確保や、訂正・更新・削除・権利行使等の手続の整備を検討する必要があるとしています。
誤った情報で札を付けられた人が、訂正を求め、判断の見直しにつなげられる道があるか。これは自分の鍵で資産を持つ利用者にとって、AMLの精度と同じくらい大切な問いです。金融庁の助言は手続の整備を「検討する必要」とするもので、通知や削除を利用者に保証するものではありません。そのうえで、日立ら実証の申込者側は、共有の条件や苦情・異議申立て等への対応手順を検討し、社内規則や契約、運用ルール等を整備する必要があると確認しています。
日立が評価結果を「判断材料」と位置づけ、最終判断を利用事業者に委ねている点も、この助言と同じ方向を向いています。金融庁は実験結果の4点目で、アラートだけでは届出や凍結などの判断材料として十分でない場合があり、資金の流れなどの追加調査が要る場合があるとも記しています。日立が将来構想に掲げる「AML共同センター」は、まさにその調査を共同で担う構想ですが、今回のサービスには含まれていません。対応するチェーンや機能は契約内容によって異なり、料金は公表資料に記載がありません。
ステーブルコインが決済に使われ始めた今、各社がそれぞれの責任で行うAMLを、業界での情報共有で補う取り組みが進みつつあります。日立のサービスは、その共有の器を日本の事業者に用意しました。
この器が信頼を得られるかどうかは、精度の高さだけでなく、札を付けられた側の声がどこへ届くのかを、運用の中でどこまで形にできるかにかかっています。そこまで設計できれば、日本発の共助モデルは、規制対応の道具であると同時に、利用者を守る仕組みとして説明できるものになるはずです。
【用語解説】
AML(アンチ・マネー・ローンダリング)
犯罪で得た資金を正当な資金に見せかける行為(マネー・ローンダリング)を防ぎ、検知するための法規制と内部管理体制の総称。国際的には金融活動作業部会(FATF)が基準を示し、各国がこれに沿って規制を整備している。
ステーブルコイン
法定通貨などの資産に価値を連動させ、価格の安定を目指すトークン。日本では、法定通貨に連動するものの多くが法令上の「電子決済手段」にあたる。
電子決済手段
資金決済法上の区分。法定通貨建てのステーブルコインの多くがこれにあたる。
リスクシグナル
日立のサービスで事業者間に共有される情報の呼び方。ウォレットアドレス、トランザクションハッシュ、リスクカテゴリ、検知理由などを想定し、個人属性情報は含まない。
トランザクションハッシュ
ブロックチェーン上の取引ごとに付く識別子。エクスプローラで取引の内容を確かめる手がかりになる。
FinTech実証実験ハブ
金融庁が2017年9月に設けた支援の枠組み。前例のない実証実験に伴う事業者の躊躇や懸念を払拭するため、当局が継続的に支援する。今回の実証は第13号案件にあたる。
個人データ
個人情報保護法上、個人情報データベース等を構成する個人情報。ほかの情報と容易に照合して特定の個人を識別できる情報も個人情報に含まれる。第三者に提供するには、原則として本人の同意が要る。
共助
金融庁が実験結果で用いた語。各事業者が単独で行う対策に加え、事業者どうしが情報を共有し、共同で分析してマネー・ローンダリング対策を高める考え方を指す。
【参考リンク】
日立製作所「Digital Asset AML Platform」(外部)
日立の公式サービスページ。3つのモニタリング機能、事業者間でのリスク情報の活用、将来構想のAML共同センターを説明している。
金融庁「FinTech実証実験ハブの設置について」(外部)
金融庁が2017年に設けた支援の枠組み。前例のない実証実験に伴う事業者の躊躇や懸念を払拭するため、当局が継続的に支援する。
JPYC株式会社(外部)
日本円ステーブルコイン「JPYC」を発行する会社の公式サイト。今回の第2回実証には、参加事業者の一社として名を連ねている。
個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(外部)
個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)。容易照合性を含む個人情報の定義や、個人データを第三者に提供する際の考え方を示す。
【参考記事】
「FinTech実証実験ハブ」支援決定案件の実験結果について(外部)
金融庁による第13号案件の結果。参加者、評価方法、結果4点に加え、アラートの説明可能性や個人データの第三者提供に関する助言を整理。
日立、デジタルアセット取引におけるアンチ・マネー・ローンダリング実証を通じて、実務適用可能性を確認(外部)
日立が17社と行った第2回実証の結果を公表し、2026年10月にモニタリングサービスの提供を始める予定を示したリリース。
日立とデジタルアセット取引関連事業者など12社が連携し、アンチ・マネー・ローンダリングの実効性向上と共同化に向けた実証実験を開始(外部)
日立と12社による第1回実証(2025年2〜4月)の開始を告げたリリース。各社の役割分担と、AML共同化の狙いを示している。
本実証実験の概要(金融庁)(外部)
第13号案件の全体像を1枚にまとめた金融庁の資料。情報源から各事業者の最終判断までの流れと、当局の助言の要点を図示する。
【Crypto Verse関連記事】
日立Digital Asset AML Platform提供開始と「高リスクと判定された側の訂正の道」の問いを、より広い文脈で理解するための関連記事をご案内します。日本の制度整備・金融庁FinTech実証実験ハブ・ステーブルコイン発行体監視・セキュリティと業界連携を横断的に読むことで、「共助の器が信頼を得るには、札を付けられた側の声がどこへ届くか」という設計問題が立体的に見えてきます。
日本の制度整備・金融庁関連
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日本のステーブルコイン・JPYC関連(実証参加者)
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セキュリティ・AML・業界連携
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日本の暗号資産業界動向・エンタープライズ基盤
- AWSがAmazon Managed Blockchain終了へ、問われる「ノードは誰が持つか」 → 本記事の直前姉妹記事。「AML監視の共助基盤」「ノード運用の基盤選択」いずれもエンタープライズブロックチェーン基盤をめぐる動向を対比して理解できます。
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【編集部後記】
金融庁が公表した実証の資料には、共有するリスク情報の項目に「情報源」が含まれていました。事業者間で共有する情報であれば、その札を付けた暗号資産交換業者等の名称が入る設計です。
誰が付けた札なのかが記録に残っていれば、訂正を求める先もたどれます。商用サービスでこの項目がどう引き継がれるのかは、これから見えてくるところです。札を外す道の入り口は、案外この一行にあるのかもしれません。
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