Last Updated on 2026年6月16日 by Co-Founder/ Researcher
米国の超党派議員は2026年6月11日、暗号資産(クリプト)の窃盗・詐欺・ハッキング捜査に特化した連邦タスクフォースを創設する法案、Federal Cryptocurrency Theft Enforcement and Coordination Act を議会に提出した。
提出したのはランス・グーデン下院議員とジョシュ・ゴットハイマー下院議員である。タスクフォースは司法長官が率い、司法省、FBI、国土安全保障省、財務省が参加する。
背景にはFBI の 2025 Internet Crime Report が示すクリプト関連被害の増加がある。同報告書によると、2025年のクリプト関連の苦情は181,565件、損失は113億ドル超で、うち投資詐欺が約72億ドルを占めたという。苦情件数は前年比21%増で、60歳超は44,555件を届け出、損失は約44.3億ドルだった。
TRM Labs によると、違法活動に関連するウォレットの受領額は2025年に1,580億ドル(2024年は645億ドル)に達したという。司法省は2025年に National Cryptocurrency Enforcement Team を解散している。
From: US lawmakers propose new federal crypto crime task force
【編集部解説】
今回の法案で最も注目すべきは、「これは新しい規制をつくる動きではない」という点です。法案本文の Rule of Construction は、暗号資産市場への新規制も、連邦機関の権限拡大も、新たな犯罪類型の創設も行わないと明記しています。あくまで既存の機関どうしの「連携」を司法省(DOJ)のもとで束ねる、いわば交通整理の仕組みです。底本では「タスクフォースの新設」という枠組みが前面に出ていますが、その実体は権限の集約ではなく、調整役(primary Federal coordinating body)の創設だと理解すると、この法案の性格がはっきりします。
なぜこの整理が必要になったのか。背景には、米国の被害者が「どこに駆け込めばよいか分からない」という構造的な問題があります。クリプト犯罪はFBI、国土安全保障省、財務省、地方警察がそれぞれ別々に扱っており、被害者から見れば窓口が散らばっています。法案はこの「縦割り(サイロ)」を一本化し、地方警察には証拠保全や資産追跡の標準手順(プレイブック)を配り、議会には活動概要や脅威トレンド、勧告を含む年次報告を提出させる構造を想定しています。
ここで、被害の偏りについて補足しておきます。底本は60歳超の被害を「44,555件の苦情」「約44.3億ドルの損失」と記しています。FBIの2025年版報告書に照らすとこの数字は正確で、60歳超は損失額で最大の年齢層でした(全クリプト損失の約39%)。件数では40〜49歳の層も多いため、「高齢者に集中」というより「損失額が高齢層に偏っている」と捉えるのが正確です。いずれにせよ、被害の重みが高齢層にのしかかる構図は、被害者保護を法案の柱に据える今回の動きと、まっすぐにつながっています。
そのうえで、この法案が置かれた「歴史的な揺り戻し」の文脈を見落とすべきではありません。司法省は2025年4月、いわゆる「規制による訴追(regulation by prosecution)」を続けてきたとして National Cryptocurrency Enforcement Team(NCET) を解散しました。今回の法案はNCETの「後継」と公式に位置づけられてはいませんが、その解散後に提案された新たな調整枠組みであり、執行の矛先を「業界」から「犯罪者と被害者」へ切り替える流れの上にあります。規制で業界を縛るのではなく、盗む側を捕まえ被害者を守る——この設計思想は、現在の米国の政策トーンを色濃く反映しています。
ポジティブな側面は明確です。窓口が一本化されれば、ランサムウェアや大型ハッキングのように暗号資産の決済を伴う事件で、捜査の初動が速くなる可能性があります。資産凍結や追跡も、機関をまたいだ協調が前提なら効果が高まります。実際、FBIの Operation Level Up は2024年の開始以来、累計8,000人超へ通知し5億ドル超の損失を防いだとされ(2025年単年では3,780人へ通知、約2.26億ドルを防止)、DOJ主導の Scam Center Strike Force も数億ドル規模の暗号資産を押収・回収するなど、既存の取り組みはすでに実績を出しています。
一方で、慎重に見るべき点もあります。タスクフォースはあくまで「調整」が役割で、新たな捜査権限を与えるわけではありません。つまり、実効性は参加機関の本気度と予算次第という側面が残ります。法案は委員会審議を経る必要があります。看板倒れに終わらせないための制度設計が、今後の焦点になるでしょう。
日本の読者にとっても、これは対岸の火事ではありません。法案には国境を越える捜査で国際法執行機関と調整する条項も盛り込まれています。クリプト犯罪は国境をまたぐため、米国が捜査連携の「型」を整えれば、国際協調の参照点として他国に影響し得ます。被害者保護を軸に据えた今回の発想は、日本の規制議論にとっても一つの参照点になり得ると、私たちは見ています。
【用語解説】
タスクフォース(task force)
特定の課題を解決するために、複数の組織や部門から人員を集めて編成する横断的な専門チームのこと。今回は司法長官が率い、複数の連邦機関をまたいで暗号資産(クリプト)犯罪の捜査を束ねる役割を担う。
National Cryptocurrency Enforcement Team(NCET:国家暗号資産執行チーム)
かつて米国司法省が運営していたクリプト犯罪専門の執行チーム。「規制による訴追」を続けてきたとの理由で2025年に解散され、今回の法案はその解散後に提案された新たな調整枠組みにあたる。
Operation Level Up
FBI が運営する、被害が拡大する前にクリプト投資詐欺の被害者を特定して通知する取り組み。2024年の開始以来、累計8,000人超へ通知し、5億ドル超の損失を防いだとされる。
Scam Center Strike Force
米国司法省(DOJ)の連邦地方検事局(USAO-DC)、DOJ刑事局、FBI、シークレットサービスが連携し、東南アジアを拠点とするクリプト詐欺ネットワークを標的とする取り組み。財務省OFACや国務省などとも協働する。2025年に発足した。
【参考リンク】
TRM Labs(外部)
ブロックチェーン分析を手がける米国企業。違法資金の追跡や捜査支援ツールを政府機関・金融機関に提供している。
The Digital Chamber(外部)
米国を拠点とするデジタル資産業界の業界団体。今回の法案に支持を表明した団体の一つとされる。
Satoshi Action Fund(外部)
ビットコイン・デジタル資産の政策提言を行う非営利団体。CEOのデニス・ポーターが法案への賛意を示したとされる。
FBI IC3(外部)
被害統計の一次情報元であるFBIのインターネット犯罪苦情センター。年次報告書の原典が公開されている。
【参考記事】
$11.4B Lost to Crypto Scams in 2025: FBI Internet Crime Report(Decrypt)(外部)
FBI2025年版報告書を詳報。損失113億6,600万ドル、苦情181,565件、60歳超が全体の約40%を占めると伝える。
US Lawmakers Propose DOJ-Led Task Force for Crypto Crime Coordination(KuCoin)(外部)
法案が新規制も権限拡大も伴わず、機関連携に焦点を絞ると明記している点を解説している。
Cryptocurrency and AI Scams Bilk Americans of Billions(FBI)(外部)
2025年版報告書の一次情報。クリプト苦情181,565件、損失110億ドル超など底本の数字の根拠となる。
10 key numbers from the 2024 FBI IC3 report(CyberScoop)(外部)
2024年版報告書の主要数値を整理。高齢者の被害が2025年版に基づくものか確認するため参照した。
Scam Center Strike Force(米国司法省 USAO-DC)(外部)
同組織がDOJ/USAO-DC主導の多機関連携であることを示す一次情報。所管の訂正に用いた。
【Crypto Verse関連記事】
本記事の米国クリプト犯罪対策タスクフォース・FBI被害113億ドル・連邦機関連携・「規制から被害者保護」への政策転換・国際捜査協調の構造的背景をより深く理解するための、Crypto Verseの関連解説記事をご案内します。
セキュリティ事案・クリプト犯罪の手口
- Hola Browser にクリプトマイナー混入、Sophos が発見—サプライチェーン侵害の手口とは → 本記事のFBI被害113億ドルを構成する個別事案の典型例。ソフトウェア配信経路を介した攻撃が個人ユーザーに到達する構造を理解できます。
- アライドアーキテクツ × Nyx Foundation、AIがDeFiの安全を”検算”する時代へ → 本記事のタスクフォースが扱うDeFi領域での犯罪と並走する、AIによる事前検証・脆弱性発見の動向。「捕まえる」「防ぐ」「検証する」の三層防衛を理解できます。
米国規制の「連携整備」3本柱
- CLARITY Act、Coinbase・Rippleら200社超が上院に採決要求─成立確率60%に低下 → 本記事の犯罪対策法案と並走する、米国における暗号資産規制の整備動向。「市場構造」「税制」「犯罪対策」の3本柱を横断的に理解できます。
- Coinbase、ステーブルコイン決済の課税撤廃を米議会に要請 ― 暗号資産税制改革の行方 → 本記事と同じ米国議会で議論される、税制側の整備動向。「規制から被害者保護・実需へ」の政策トーン変化を多角的に把握できます。
身分証・取引追跡インフラ
- Worldcoin(WLD)とは?AI時代の「本人性証明」と独自のデジタルIDインフラ構造【2026年版】 → 本記事のクリプト犯罪対策が前提とする「誰が取引しているか」の証明インフラ。本人性証明と犯罪捜査が交差する論点を理解できます。
- Worldcoin(WLD)はヘイズなしで価格を保てるか—AI時代の身分証トークンを読む → 本記事のFBIが指摘した投資詐欺72億ドルと関連する、インフルエンサーによる出口流動性問題の事例。新興トークンを取り巻くリスクを理解できます。
自己防衛・セルフカストディ
- SecondFi始動|「鍵は自分のまま」EMURGOが挑む、暗号資産で使う・貯める・稼ぐ時代 → 本記事の被害者保護の文脈と表裏一体である、ユーザー側の自己防衛動向。「取引所に預けない」設計が犯罪リスクをどう変えるかを理解できます。
機関投資家・市場構造(被害が拡大する背景)
- ビットコイン6万2000ドル割れ、Strategy 32BTC売却が招いた18億ドル清算の連鎖 → 本記事のクリプト犯罪が標的とする市場全体の、最新の構造的調整事案。市場ボラティリティが詐欺被害の温床になる構造を理解できます。
- ビットコインETF、過去最長13日の純流出。約43億ドルが抜けた背景とETFが「限界的な買い手」になった構造変化 → 本記事のFBI被害113億ドルが発生した市場環境の背景。機関化と犯罪対策の同時進行を理解できます。
- enishがビットコイン全売却、Solana中心の「DAT 2.0」へ転換|運用型トレジャリーの狙い → 本記事のクリプト犯罪対策と並走する、企業財務側のオンチェーン化動向。「運用型」企業が直面するセキュリティ責任の重みを理解できます。
オンチェーン金融・実需領域
- Hyperliquidとは?HYPE基盤のレイヤー1ブロックチェーンとオンチェーンCLOBアーキテクチャの完全解剖 → 本記事のタスクフォースが扱うべき分散型取引所領域の構造解説。「24時間取引・国境を越える」DEX領域で犯罪捜査が直面する技術的課題を理解できます。
- HyperLending、日本初HYPE対応の暗号資産レンディング開始 → 本記事の国際捜査協調の文脈で重要となる、日本のレンディングサービス事例。日米規制環境の違いが犯罪リスクにどう影響するかを理解できます。
- XRP Ledger vs Ethereum、RWA資本移動説の真相─未検証の15億ドルをどう読むか → 本記事のTRM Labsが追跡する違法資金1,580億ドルと並ぶ、オンチェーンデータの解釈論。「数字をどう読むか」というFACT検証アプローチを学べます。
決済インフラ・AI×Web3
- Visa×OpenAIが拓くAIエージェント決済|Visaのステーブルコイン決済は年換算70億ドル規模に → 本記事のタスクフォースが将来扱うべき領域である、AIエージェント決済の最新動向。「AIが詐欺を実行する」「AIが詐欺を検知する」両面の論点を理解できます。
【編集部後記】
「窓口がない」という被害者の声は、技術そのものの是非ではなく、社会がその技術をどう受け止める準備をしているか、という問いを私たちに投げかけます。クリプトは送金が速く、取り消しがきかず、匿名性も高い——だからこそ、守りの仕組みは技術の進化と同じ速度で更新され続ける必要があります。
今回の法案がそのまま成立するかは未知数ですが、「業界を縛る」から「被害者を守る」へと重心が動きつつある流れは、日本を含む各国の議論にも静かに影響を与えていくはずです。私たちも、その変化を一つひとつ丁寧に追いかけていきます。
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