Last Updated on 2026年8月21日 by Co-Founder/ Researcher
提供開始と同時に、CACはSolana上でRWAをトークン化する手順書を全12章、無償で公開しました。目を引くのは第1章です。第三者監査もmainnetへのデプロイも未実施だと、自ら名指しで書いてあります。マルチチェーンDvP決済基盤「Pactora」の現在地を、その文書から読みます。
株式会社シーエーシー(CAC)は2026年8月19日、Avalanche・Solana・Canton Network等の複数のブロックチェーン上でトークンの発行や管理を行うDvP決済基盤「Pactora」を開発し、同日提供を開始したと発表した。エスクロー型のマルチチェーン取引プラットフォームで、トークンの発行・募集・購入・決済までを一つの基盤上で行う。トークンの受け渡しとステーブルコインの支払いを同一トランザクション内でアトミックに実行し、設計思想の異なる各チェーンの差異を基盤側で吸収して共通のUI/UXを実現するとしている。想定する利用者は信託銀行・証券会社・資産運用会社等。CACは2016年よりブロックチェーン専門組織を設けており、開発ではAI駆動開発を活用したとしている。
From: CAC、ステーブルコインとRWAトークンのマルチチェーンDvP決済基盤「Pactora」を開発、提供を開始
【編集部解説】
先週、MUFGが日本国債のレポ取引をCanton Network上で動かす実証実験を発表しました。そこで目を引いたのは、日本国債の法的性質を振替国債のまま維持し、ブロックチェーン上の状態と口座管理機関の振替口座簿を連動させるという設計でした。今回のニュースは、その隣にあります。金融機関が何を選ぶかではなく、その選択肢を用意する側が、いま何を作っているかという話です。
CACが提供を始めた「Pactora」は、ステーブルコインとRWAトークンをエスクローを介して交換する基盤です。解こうとしているのは、DvPという古くからある課題を、パブリックブロックチェーンの上で、しかも設計思想の異なる複数のチェーンをまたいで実現するという難題になります。
DvPそのものは、証券決済で長く使われてきた考え方です。資産の引き渡しと代金の支払いを相互に条件付け、片方だけが成立する事態を防ぐ。日本でも、日銀ネットと民間の証券決済システムを連動させるなどして、証券側と資金側の仕組みを結びつけることで実現してきました。
Pactoraがやっているのは、この結びつけを、システム間の連動ではなく単一のトランザクションの内側で行うことです。どちらかが失敗すれば全体が巻き戻る。制度と連携で担保してきた条件付けを、トランザクションの不可分性という技術的な性質へ寄せるわけです。もっとも、これで抑えられるのは片方だけが成立する元本リスクの部分です。清算機関による信用リスク管理や、中央銀行等による日中流動性供与まで同じ一手で解けるわけではありません。そこは、オンチェーン金融が既存の制度と噛み合いながら詰めていく領域になります。
難度が上がるのは、チェーンが複数になったときです。AvalancheはEVM互換。Solanaはアカウントモデルと並列実行を特徴とし、CACはこれを「高速・低コスト」と位置づけています。Canton Networkは、関係者ごとに取引を分割して見せる選択的開示。三者は根本の設計が異なり、コントラクトの書き方も、口座の考え方も、プライバシーの扱いも共通しません。Pactoraは各チェーンでエスクローを含む発行・決済ロジックをそれぞれ実装したうえで、その差異を基盤側で吸収し、利用者には共通の画面を見せる構成を取ります。チェーンを選ぶ判断を、技術的な習熟度ではなく業務要件の側から下せるようにする設計です。
リリースの注釈には、Pactoraはプラットフォームであってリアルアセットを発行するものではなく、許認可と法令対応は発行主体が行うことが前提だと書かれています。地味な一文ですが、基盤事業者としての立ち位置の宣言でもあります。トークンが表章する権利を誰が負うのかを曖昧にしたまま「なんでもできる基盤」を掲げるより、境界を先に引いておくほうが、金融機関にとっては検討しやすい。
そして、このリリースには本文に書かれていない見どころがあります。サービスサイトのほうです。
対応チェーンの欄で、Solanaにだけ「手順書を見る」というリンクが置かれています。開くと、Solana上でRWAをトークン化するリファレンス実装の設計・実装手順書が、全12章、そのまま読める形で公開されています。題材は私募債のトークン化。Token-2022の4つの拡張を使い、新規口座を既定で凍結状態にし、KYC完了後に解凍して初めて受領できるようにする。移転時にはTransfer Hookが送信者と受信者の双方の許可状態を検証する。発行体は強制回収を実行できる。規制対象の資産をパブリックチェーンに載せるとき、実際にどのコードで何をどう縛るのかが、動くコードとともに書かれています。
目を引いたのは第1章です。何が実証済みで、何がまだかが、はっきり分けて書いてあります。オンチェーンの三要素は、devnetでのエンドツーエンド検証、LiteSVMによる26のテスト、CIの実機通過まで確認済み。一方でKYCプロバイダ連携、管理用API、インデクシング、償還フローは概念設計にとどまり、リポジトリには含まない。さらに、mainnetへのデプロイ、upgrade authorityのマルチシグ移管とimmutable化、Verifiable Build、そして第三者監査は未実施であると、名指しで列挙されています。
未実施の工程まで自ら名指しで列挙し、「実施済みと誤読しないでください」と念を押している。読み手が資産を扱う判断をするための文書として、誠実な構えだと受け止めています。
なお、ここで挙がっている未実施の項目は、あくまでこの手順書のリファレンス実装についてのものであり、Pactoraという製品そのものの監査状況ではありません。製品側の監査について、リリースとサービスサイトに記載はありません。また、AvalancheとCanton Networkの資料は「順次公開予定」とされています。提供開始時点で、Pactoraのチェーン別実装を外から詳しく検証できる公開技術資料は、まだSolanaの手順書に限られます。
もう一つ、リリースが触れているAI駆動開発についても、同じ手順書の第5章が具体を明かしています。
書かれているのは、ツールの使い方ではなく規律です。AIに任せる領域と人間が握る領域を、「間違えたときに、後から機械的に検知・是正できるか」という一つの基準で切り分けています。ボイラープレートやテストコードの生成はAIに任せる。権限設計と鍵管理の方針、mainnet反映の判断、依存パッケージの採否は人間が握る。秘密鍵や本番RPCキーをエージェントのコンテキストへ渡さない。依存を採用する前に、名前ではなく発行元のorganizationまで確認する。
そして冒頭に、AIを使えば専門知識が不要になることはない、と置かれています。
第5章は、監査やコンプライアンスの確認でAI利用を問われたときに示すべきものを、こう整理しています。「AIが書いたかどうか」ではなく「どう検証したか」。誰がいつ何を検証し、承認の責任が誰にあるかを説明できる状態を、あらかじめ作っておく。CIのログ、依存の発行元確認の記録、導入したスキルの記録が、そのまま説明材料になります。予算を抑えたスピード感のある開発、というリリースの一文の裏側には、この統制設計があります。少なくともこの手順書では、AIに任せる範囲だけでなく、人間の承認責任や検証の記録まで、社外から確認できる形で示されています。
CACがこの位置に立っている背景は、経歴を追うと見えてきます。1966年創業、日本初の独立系ソフトウェア専門会社。金融業界向けのITサービスで60年以上。ブロックチェーンは2016年に専門組織を設け、企業向け分散台帳Cordaでは2024年9月、SBI R3 Japanから公式開発パートナー認定制度における国内唯一のプレミアパートナー認定を取得したと発表しています。許可型チェーンで、金融分野を含む本番向け開発と実運用の実績を積んできた国内ベンダーです。
興味深いのは、その認定元であるSBI R3 Japanの現在地です。2026年7月、SBIホールディングスとSolana財団が、日本発のオンチェーン金融市場の創出に向けた戦略的提携を発表しました。その一環としてSolana財団がSBI R3 Japanに参画し、同社は「SBI Solana Global(仮称)」への商号変更を予定しています。許可型で実績を積んだ人たちが、そろってパブリックチェーンの側へ歩を進めている。CACが2025年からパブリック領域へ対象を広げたことも、この流れの中にあります。
今年3月のJBA Blockchain Hackathonでは、CACの若手社員2名が、ステーブルコインを使った寄付プラットフォームでJPYC賞を受賞しました。AI駆動開発で動くデモまで作り上げたチームです。同社はこのハッカソンにスポンサーとしても参加し、審査員も出しています。企業の看板と現場の手触りが同じ方向を向いている、と感じさせる並びです。
最後に、この基盤を人間主権という物差しで測ってみます。
Pactoraとして公開されているのは個人向けウォレットではなく、CACが信託銀行や証券会社などでの活用を想定する、発行・取引・決済の基盤です。主権という言葉からは遠い場所に見えるかもしれません。
そして正直に言えば、パブリックチェーンに載せること自体が持ち手の自由を広げるわけでもありません。手順書のリファレンス実装は、KYC前の口座を凍結し、移転のたびに相手の許可状態を検証し、発行体に強制回収の権限を残す設計です。規制対象の資産を扱う以上、当然の設計でもあります。資産をどこまで動かせるかは、チェーンの種別ではなく、法令と発行条件が決めます。
それでも、どのチェーンを採用するかは、技術的な検証可能性や将来の相互運用性に影響します。Pactoraのマルチチェーン対応がまず広げるのは、発行・取引の基盤を用途に応じて選べる余地です。閉じた台帳しか選択肢がなかった状態から、選べる状態へ。持ち手の主権に届くまでには距離がありますが、そこへ至る経路の側は、少しずつ開いています。
CAC自身は、Pactoraを「皮切り」と書いています。改善と機能追加を続ける前提の、始まりの発表です。
金融機関の側からは、MUFGが8月13日に実証実験を発表しました。基盤を作る側からは、CACが8月19日にPactoraの提供を始めました。日本のオンチェーン金融は、金融機関側と基盤開発側の双方から、同じ月に前へ動いています。
【用語解説】
DvP(Delivery versus Payment)
資産の引き渡しと代金の支払いを相互に条件付け、一方が行われない限り他方も行われないようにする決済方式だ。証券決済で長く用いられてきた。
RWA(Real World Asset)
不動産、債券、社債など、現実世界に存在する資産を指す。ブロックチェーン上でトークンとして表現する取り組みが広がっている。
エスクロー
売り手と買い手の間に第三者を介在させ、条件が満たされた場合にのみ取引を成立させる仕組みである。第三者預託とも呼ばれる。
アトミック実行
複数の処理を不可分な一組として扱い、どれか一つでも失敗すれば全体を無効に戻す方式だ。片方だけが成立する事態を構造的に防ぐ。
元本リスク
資産を引き渡したのに代金を受け取れない、あるいはその逆が起きた場合に、取引額に相当する損失を被る危険を指す。
振替国債/振替口座簿/口座管理機関
振替国債は、紙の債券を発行せず電子的な口座振替で権利が管理される国債である。その保有状況を記録する帳簿が振替口座簿であり、投資家の口座を管理して同簿を備える金融機関を口座管理機関という。
清算機関
売り手と買い手の間に立って債務を引き受け、決済の履行を保証する機関だ。日本では日本証券クリアリング機構などが担う。
選択的開示
一つの取引を関係者ごとに分割し、権限を持つ当事者だけが自分に関係する部分を参照できる仕組みを指す。Canton Networkの特徴として挙げられる。
EVM互換
Ethereumと同じ方式でスマートコントラクトを実行できる性質を指す。同一のコードが他の互換チェーンでも概ね動作する。
アカウントモデル/並列実行
Solanaでは、すべてのデータがアカウントと呼ばれる領域に格納される。互いに干渉しない取引を同時に処理する並列実行と組み合わせて、処理性能を確保する設計を採る。
リファレンス実装
仕様や設計を具体的なコードで示した参照用の実装を指す。本番運用ではなく、同じ構成を再現するための手本として公開される。
私募債
特定少数の投資家に対して発行される社債である。公募債と異なり、投資家の範囲が限定される。
Token-2022
Solanaのトークン規格の一つで、移転時の追加処理や口座の凍結といった拡張機能を持つ。Transfer Hookは、移転のたびに指定したプログラムを呼び出す拡張である。
devnet/mainnet
devnetは開発者向けの試験用ネットワーク、mainnetは実際に価値を持つ資産が流通する本番ネットワークを指す。
LiteSVM/Verifiable Build/upgrade authority
LiteSVMはSolanaプログラムの高速なテスト環境である。Verifiable Buildは、公開されたソースコードから実際に稼働中のプログラムが生成されたことを検証可能にする手法。upgrade authorityは、デプロイ済みプログラムを更新できる権限を指す。
AI駆動開発(AI-Driven Development)
AIコーディングエージェントに実装作業の一部を担わせ、検証と承認の責任は人が握る開発手法。
【参考リンク】
株式会社シーエーシー(CAC)(外部)
1966年創業の独立系システムインテグレーター。2016年よりブロックチェーン専門組織を設け、金融分野で実績を積んできた。
Pactora(外部)
本記事の主題となるサービスの公式サイト。特徴と対応チェーンの公開状況が確認できる。
Solana RWAプロジェクト開発手順書(外部)
Solana上でRWAをトークン化するリファレンス実装の設計・実装手順書。全12章を無償で公開している。
Solana(外部)
高速・低コストを特徴とするレイヤー1ブロックチェーン。Pactoraの対応チェーンのひとつ。
Avalanche(外部)
EVM互換のブロックチェーン。Pactoraの対応チェーンのひとつで、資料は順次公開予定とされる。
Canton Network(外部)
機関投資家向け金融に特化したブロックチェーン。選択的開示によるプライバシー保護を備える。
SBI R3 Japan(外部)
CACにCordaのプレミアパートナー認定を付与した企業。SBI Solana Globalへの商号変更を予定する。
日本ブロックチェーン協会(JBA)(外部)
CACの若手社員がJPYC賞を受賞したハッカソンを主催する業界団体。
【参考記事】
第1章 本書について|Solana RWAプロジェクト開発手順書(外部)
実証済みと概念設計の境界を明示した章。devnetでのE2E検証、LiteSVMによる26テスト、CIの実機通過を確認済みとする。
第5章 AI駆動開発のワークフローと統制|Solana RWAプロジェクト開発手順書(外部)
AIに任せる領域と人間が握る領域を区分表で整理し、依存パッケージの発行元確認や鍵の扱いまで規律として定めた章。
SBIホールディングスとSolana財団が日本発のオンチェーン金融市場の創出に向けた戦略的提携を開始(外部)
2026年7月13日の発表。Solana財団がSBI R3 Japanに参画し、同社が商号変更を予定することを示す。
CAC、エンタープライズ向けブロックチェーン「Corda」の公式開発パートナー認定制度のプレミアパートナー認定を取得(外部)
2024年9月24日の発表。SBI R3 Japanから唯一のプレミアパートナー認定を取得したとする。
「JBA Blockchain Hackathon 2026」で当社若手社員がJPYC賞を受賞(外部)
2026年4月23日の発表。若手社員2名がステーブルコインを用いた寄付基盤でJPYC賞を受賞したと伝える。
【編集部後記】
手順書の第5章に、こんなコラムが置かれていました。制作中、配布されたAnchorのバイナリが新しいGLIBCを要求し、古い環境ではビルドが止まった。その詰まりと回避方法を記録に残したから、第4章のトラブルシューティングは想像上のエラーではなく、実際に起きた事象として書けている、と。
うまくいった手順だけを清書した文書は、読みやすい。けれど、詰まった場所が書いてある文書のほうが、後から同じ道を歩く人には効きます。皆さんの手元の設計書に、詰まった記録は残っていますか。
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