Last Updated on 2026年9月20日 by Co-Founder/ Researcher
1円で発行できるJPYCが、韓国の板では37.60ウォン、日本円にして4円台で約定しました。発行体は価格に手を触れず、翌朝には1円に近い水準へ戻っています。この24時間で何が起きたのかを、発行上限ではなく供給の詰まりという角度から追いかけます。
韓国の取引所Upbitは2026年9月17日18時、日本円ステーブルコインJPYCの取引をウォン、ビットコイン、USDT建ての3市場で開始した。告知は同日9時48分、開始時刻は12時から15時、18時へ二度延期された。対応ネットワークは当初Ethereumのみ、告知記載の参考価格は1JPYC=8.81ウォンだった。
1分足では18時5分に12.00ウォンで最初の取引が成立し、34分後の18時39分に37.60ウォンへ初めて到達した。JPYC株式会社は同日夜、EthereumとPolygonの発行予約を一時停止し、いずれも18日未明に復旧した。総流通量は16日確定値の約18億9648万JPYCから18日朝に約42億6000万JPYCへ増えた。18日9時00分の1分足は終値9.32ウォンである。
From: 페이팔유에스디(PYUSD), 제이피와이코인(JPYC) 신규 거래지원 안내 (KRW, BTC, USDT 마켓)
【編集部解説】
上限は天井ではなかった
1円で発行できるものが、海を渡ると4円を超えました。そして翌朝には、1円に近い水準へ戻っていました。この往復のあいだに何が起きたのかを、オンチェーンのデータと公式の記録で追いかけます。
乖離の原因としてよく挙げられるのは「発行上限」です。JPYCを1円で発行できるのは日本の本人確認を済ませた利用者だけで、しかも1回あたり100万円まで。だから割高な市場へ供給が届くのが遅く、価格差が残る。そういう説明です。
実際に供給量がどう動いたかを見ます。
JPYCの総流通量は9月16日の確定値で約18億9648万JPYC。それが18日朝には約42億6000万JPYCになっています。24時間ほどで23億を超えるJPYCが新たに発行され、供給は2.2倍を超えました。少なくとも、1回100万円という上限が、市場全体の供給量を固定する天井ではなかったことが分かります。上限がなかった場合との比較はできないため、供給の速度をどれだけ遅らせたかまでは言えません。
制度の側も確認しておきます。「1回100万円」は第二種資金移動業者が扱える1件あたりの資金移動額の上限で、JPYC株式会社は2026年5月15日に運用ルールを「1日100万円」から「1回100万円」へ変更しました。公式発表で確認できるのは、この変更と、短時間の連続申請は受け付けないことまでです。同じ人が繰り返し発行することそのものを塞ぐ規定ではありません。
では、供給が追いつく速度を実際に左右したのは何だったのか。
詰まったのは発行体の側
夜間に表面化したのは、発行体側の詰まりでした。
岡部典孝氏は18日、「発行が急増して夜中に在庫が足りなくなってしまいました」と説明しています。公式に語られているのはこの「在庫不足」までで、在庫の定義や、停止の原因の内訳までは開示されていません。
オンチェーンの数字は、その周辺を見せてくれます。Etherscanで確認できるEthereum上のJPYCの総供給量は、9月19日6時51分(日本時間)時点で約48億300万JPYC。一方、発行・償還用アドレスの残高を差し引いたJPYC Infoの流通量は、9月18日20時59分時点で約12億1200万JPYCです。取得時刻が10時間ほどずれている点は割り引く必要がありますが、差額の約35億JPYCは発行用・償還用のアドレスなどにある非流通の残高で、そのすべてがすぐ配れる在庫というわけではありません。
時刻を並べると、詰まり方がはっきりします。取引開始は17日18時。その2時間半あまり後の20時34分にEthereum上の発行予約が止まり、22時19分にはPolygonも止まりました。復旧はEthereumが23時43分、Polygonが18日0時22分です。さらに18日0時58分には、口座開設やワンタイムコードの送信に使うメール機能の障害が告知され、復旧対応の完了は4時37分でした。
当日夜に、目に見えるボトルネックとして表面化したのは、発行体の処理とシステムでした。新しく口座を開いて参加しようとした人は、深夜の3時間半ほど、入口の手前で待たされています。
4倍の板と、15%の実際
数字の見え方についても、ひとつ補助線を引いておきます。
板に4倍を超える値が付いたからといって、裁定を仕掛けた人が4倍を手にしたわけではありません。
オンチェーンを観測している利用者の記録では、17日14時ごろまでにEthereum上で発行されたJPYCのおよそ半分がUniswap v4へ流れ、1USDCあたり約134.74JPYCで交換されていました。1ドル155.58円で換算すると、134.74円ぶんのJPYCが155.58円になった計算になります。粗利はおよそ15%。ここからガス代と銀行振込の手数料を引けば、さらに薄くなります。第三者による特定時点の観測ではありますが、桁の感覚をつかむには足ります。
薄い板に付いた最良気配と、まとまった量をさばいたときの平均約定は別物です。Upbitも告知の末尾で、国内外の取引所間で価格差が生じ続けることへの注意を促していました。
橋は当日のうちに増えた
この事案は「チェーンの分断」の事例としても読めます。
Upbitが入出金に対応したのは、当初Ethereum上のJPYCだけでした。9月17日10時23分の時点で、Ethereum上のJPYCは全流通量の7.0%、保有者では2.9%。最も薄いチェーンに、韓国側の需要が流れ込んだ形です。
ただし、この前提は当日のうちに変わりました。Upbitは18時44分にネットワーク追加を告知し、19時23分の更新でPolygonとKaiaからの入金開始を明記しています。Ethereum上の流通量はその後12億JPYC台まで増え、Etherscanで確認できる保有者数も直近値で2,627になりました。
なお、最高値37.60ウォンは19時23分の1分足でも記録されています。告知が更新された分と同じですが、入金の反映にはKaiaで36、Polygonで200の承認が必要とされており、どちらが先かまでは分かりません。
止められたのに、止めなかった
Crypto Verseでは8月に「USDCは35チェーン、日本の窓口はEthereum1本という現実」として、同じ構造を扱いました。どのチェーンに橋が架かっているかは、価格の振れ幅を左右する大きな要因のひとつです。振れ幅そのものは、需要の強さ、板の厚さ、取引所の注文制限、送金と発行の速度によっても変わります。
最後に、この事案でいちばん静かで、いちばん見落とされやすかった部分に触れます。
JPYCのコントラクトは、ERC1967プロキシの背後に凍結(Blocklistable)と一時停止(Pausable)の機能を備えています。発行体には、技術的に止める手段があります。
岡部氏は18日、凍結が技術的に可能であることと、要請に応じる態勢を構築していることを認めたうえで、利用者の財産権であるため簡単には凍結できないと述べました。そして乖離への対応については、こう書いています。
何も対策しないです。1円で償還し続けていれば戻りますから
2次流通がどうなろうと1次流通は常に1円なので問題ありません
価格は実際に戻りました。Upbitの1分足で見ると、18日9時00分の終値は9.32ウォン。値幅は9.20から9.45で、Upbitが告知に記していた参考価格8.81ウォンに対して1.06倍前後です。
もっとも、戻る過程で損をした人はいます。高値で買い、その後の下落局面で売った参加者には損失が生じました。Uniswapに流動性を供給していた利用者からは、JPYC高の方向へレンジを外れて保有がすべてUSDCに置き換わったという報告も出ています。逆にJPYC安の方向へ外れれば、保有はJPYC側へ偏ります。乖離の買い手について岡部氏はBOTや初期流動性狙いの可能性に触れていますが、いずれも本人が推測として述べたもので、18日には自身の見立てを修正する投稿もしています。誰が買ったのかは確定していません。裁定で得た利益の税務上の扱いも個別の事情で変わりますので、判断は専門家に委ねてください。
そのうえで、4.27倍から1.06倍前後までの24時間は、記録に値すると思います。
戻したのは、ひとつの力ではありませんでした。1円で発行できる窓口があったこと。その差を取りにいった参加者がいたこと。24時間で2倍を超えた供給。UpbitがPolygonとKaiaの入金を開いたこと。発行体が発行予約とメール機能を復旧させたこと。どれがどれだけ寄与したかは、公開データだけでは分けられません。
ただ、構造としてひとつ言えることがあります。今回の上方乖離を直接縮めたのは、主に「1円で発行できる」側の働きでした。下へ外れたときは、「1円で償還できる」側が価格を支える仕組みになります。発行体が価格に手を触れなくても、額面で発行できる窓口が用意されていれば、そこへ向かって人が動く。その経路が実データとして観測できたことに、この事案の意味があります。
JPYCは9月18日、累計発行額100億円の突破を発表しました。国内の登録業者での取扱いが始まる前に、海外の大手取引所で大規模な取引需要が先に顕在化したことになります。次にどこかの板で同じことが起きたとき、この24時間は参照点になるはずです。
【追記(2026年9月20日)】この現象が過去にも起きていたことについては、私がCryptoverseのパートナーメディアであるinnovaTopiaで書いた「【解説】JPYC、Upbit上場で4.27倍|円建ての乖離は三度目」で掘り下げています。2021年のGYEN(Binance、Coinbase)に続く三度目の事例であることを比較表で整理し、5年前にBinanceの取引停止を外部から解説していた岡部氏が、今回は発行体の当事者としてこの現象を迎えているという巡り合わせにも触れています。
【用語解説】
ステーブルコイン
法定通貨など特定の資産に価値を連動させることを目的としたトークン。JPYCは1JPYCを1円で発行・償還する設計を取る。
乖離(デペグ)
連動の目標値から市場価格が離れること。発行・償還の窓口が開いていても、二次流通の板では需給で価格が付くため生じる。
裁定(アービトラージ)
同じ資産に複数の市場で異なる価格が付いているとき、安いほうで手に入れて高いほうで売る行為。価格差そのものを利益の源とする。
第二種資金移動業者
資金決済法に基づく登録区分のひとつ。1件あたりの資金移動額に100万円の上限が課される。JPYC株式会社は2025年8月に登録を完了している。
発行予約
JPYC EXで、円を入金してJPYCの発行を申し込む手続き。チェーンごとに受け付けている。
総供給量と流通量
総供給量はコントラクト上に存在するトークンの総量。流通量は、そこから発行用・償還用アドレスの残高を差し引いた値を指すことが多い。両者は一致しない。
ERC1967プロキシ
契約の入口と中身を分ける実装方式。入口のアドレスを保ったまま、中身の実装を差し替えられる。
Blocklistable / Pausable
それぞれ、特定アドレスの移転を止める機能、契約全体の動作を一時停止する機能。発行体側の管理権限として実装される。
1分足
1分ごとの始値・高値・安値・終値をまとめた価格記録。同じ最高値が複数の足に現れることがある。
承認(コンファメーション)
取引がチェーンに取り込まれてから積み上がるブロック数。取引所は入金反映の条件として必要数を定める。
【参考リンク】
Upbit|新規取扱い告知(PYUSD・JPYC)(外部)
本件の一次資料。対応市場、対応ネットワーク、前日終値と参考価格、上場直後の注文制限、二度にわたる開始時刻の延期までが1本に記録されている。
Upbit|JPYC入出金ネットワーク追加告知(外部)
KaiaとPolygonからの入金開始を告げた告知。入金が反映されるまでに必要な承認数が、ネットワークごとに記載されている。
Etherscan|JPYCトークンページ(外部)
Ethereum上のJPYCの総供給量、保有者数、実装コントラクトのソースコードを確認できる。本文で触れた権限機能もここから読める。
JPYC info(外部)
チェーン別の供給量を集計する非公式ダッシュボード。発行用と償還用のアドレス残高を総発行量から差し引いた値を流通量として示す。
JPYCダッシュボード(キリフダ株式会社)(外部)
発行と償還の日次集計、チェーン別の流通量、保有分布を可視化する。JPYC infoの数値と突き合わせて確認するのに使える。
JPYC株式会社|JPYC EX大型アップデート(外部)
発行上限を1日100万円から1回100万円へ変更した2026年5月15日の公式発表。本文で触れた運用ルールの根拠にあたる。
【参考記事】
Upbit上場で価格乖離、アービトラージ殺到でJPYC流通量が前日比2.2倍の42億円超に(外部)
約18億9963万JPYCから約23億6000万JPYC増え、42億6000万JPYCに達したと報じた。チェーン別の順位変動にも触れている。
JPYC岡部氏、Upbit上場の価格乖離に見解(外部)
「夜中に在庫が足りなくなってしまいました」という発言の出どころ。海外では1回100万円の制限がかからない点にも言及がある。
JPYC流通量、20億円割れ──11日間で約7.1億円減少(外部)
9月10日15時時点で4チェーン合計19億9753万837JPYC。上場の直前まで流通量が減り続けていたことを確認できる記録。
JPYCの流通量減少止まらず、一週間で約6億円減(外部)
Kaia上の利回り特典の変更と減少の時期が重なっていた経緯をたどる。今回の急増と対をなす、直前の縮小局面の記録にあたる。
JPYC、Upbit上場後にPolygon・Kaiaの入金へ対応(外部)
入出金の対応ネットワークが取引開始の当日のうちに追加されたことを報じた記事。本文で報道として引いた箇所の出どころにあたる。
【編集部後記】
JPYCの代表は、Upbitへの上場を事前には知らされていなかったと語っています。自社のトークンが、韓国最大の取引所の板に、ある朝とつぜん載っていた。
誰の許可も要らずに扱えることは、ふだんパーミッションレスの利点として語られます。今回はその同じ性質が、真夜中の在庫切れとメール障害という形で発行体に返ってきました。自由と負荷が同じ根から出ている。次に日本円建ての何かが海外の板に載ったとき、この夜のことを思い出すことになりそうです。
——————–
※本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
詳細は当サイトの免責事項をご確認ください。
——————–

