WBTC(Wrapped Bitcoin)アーキテクチャ解剖:カストディ移行問題とクロスチェーン流動性の構造的現実

ビットコインがカプセル(WBTC)に包まれ、イーサリアムのエコシステムへ橋渡しされるイメージ。カストディリスクやスマートコントラクトリスクの警告アイコンが添えられた、2026年版WBTC解説記事のアイキャッチ画像。BitcoinをEthereum上で動かすWBTCの仕組みから、最新のリスク管理、cbBTCなど競合との違いなど

Last Updated on 2026年2月27日 by Co-Founder/ Researcher

Bitcoin(BTC)は時価総額最大の暗号資産ですが、そのネイティブ・ブロックチェーンはチューリング完全なスマートコントラクトをサポートしておらず、Ethereum等のDeFi(分散型金融)エコシステムで直接利用することはできません。

このブロックチェーン間の相互運用性(インターオペラビリティ)の欠如を解決するため、Bitcoinの価値をERC-20規格のトークンとしてEthereum上に持ち込んだプロトコル資産が「WBTC(Wrapped Bitcoin)」です。

本稿では、WBTCを発行・償却するMint/Burnアルゴリズムの仕様、2024年に発生したカストディ(資産保管)体制の変更に伴う市場のオンチェーン動向、およびcbBTC等の代替プロトコルのアーキテクチャを客観的データに基づき解剖します。

本記事の目的

本記事の目的は、特定の暗号資産の保有やDeFiプロトコルの利用を推奨することではありません。WBTCを支えるカストディ(マルチシグ保管)の技術的仕組み、2024年の管理体制変更という客観的現実(FACT)、およびスマートコントラクトに依存することの構造的リスクを解説することです。 読者が「1 WBTC = 1 BTC」というペッグの裏側にあるインフラの実態をデータに基づいて検証(Verify)できるようになることを目指します。

記事内容

WBTCの基本仕様とMint/Burnアルゴリズム

WBTCは、保管庫にロックされたBitcoinと1対1(1:1)の割合でEthereumネットワーク上に発行されるERC-20規格のトークンです。

  • Mint(発行)プロセス: ユーザーが指定の「Merchant(仲介業者)」にBTCを送信すると、Merchantは「Custodian(カストディアン)」に対してWBTCの発行をリクエストします。Custodianは受け取ったBTCをマルチシグ・ウォレット(複数署名を要するコールドストレージ)にロックし、Ethereumのスマートコントラクト上で同量のWBTCを新規発行(Mint)してMerchant経由でユーザーに交付します。
  • Burn(焼却)プロセス: ユーザーがBTCを引き出す際、Ethereum上のWBTCはスマートコントラクトによって焼却(Burn)され、総供給量から除外されます。その後、Custodianが同量のBTCのロックを解除し、ユーザーに返還する仕様です。
  • Proof of Reserve(準備金証明): 発行されたWBTCの総量と、Custodianのウォレットに保管されているBTCの総量が完全に一致していることを、オンチェーンデータ上で誰もが検証可能な設計となっています。

ネイティブBTCとのアーキテクチャの差異

WBTCは「Ethereum上のDeFiで利用可能」という相互運用性を獲得していますが、基盤技術においてネイティブBTCと以下の決定的な構造的差異を持ちます。

  • トラストの所在: BTCが暗号理論に基づく完全な自己主権型(セルフカストディ)の資産であるのに対し、WBTCの価値は「カストディアンが裏付けとなるBTCを確実に保管していること」への信用(カウンターパーティ・トラスト)に完全に依存しています。
  • 技術的単一障害点: WBTCはEthereumのスマートコントラクト上で稼働するため、基盤となるコントラクトのバグや、管理者権限の悪用、あるいはCustodianに対する国家機関等からの凍結要請といったオフチェーンのリスクに晒される構造を持ちます。

2024年カストディ移行問題と市場の反応

WBTCのカストディは発足当初から長らく米国のBitGo社が単独で担っていましたが、2024年8月に重大な体制変更が発表されました。

  • マルチジュリスディクション体制への移行: BitGoは、香港のTCSP(信託・企業サービス提供者)ライセンスを持つBiT Global等と合弁事業を展開し、秘密鍵の保管を米国、香港、シンガポールの複数拠点(2-of-3マルチシグ)に分散させる体制への移行を発表しました。
  • 市場の懸念と事実: この新体制において、Tronの創設者であるJustin Sun氏がBiT Globalの戦略的パートナーとして関与していることが公表されました。これを受け、DeFi市場ではカストディの透明性に対する技術的・ガバナンス的懸念が浮上しました。
  • オンチェーン・オフチェーンの反応: 2024年8月、大手DeFiプロトコルのMakerDAO(現Sky Protocol)はオンチェーン・ガバナンス投票を実施し、新規WBTCの担保借入の停止を決定しました。また、米国大手取引所のCoinbaseは2024年12月にWBTCの上場廃止を実施しています(これに関連しBiT Globalが提訴を行いましたが、2025年6月に訴訟の取り下げが確認されています)。

代替プロトコルの台頭(cbBTCとtBTC)

WBTCのカストディ移行問題を契機として、Ethereumエコシステムにおいて代替となるWrapped Bitcoinの流動性が拡大しています。

  • cbBTC(Coinbase Wrapped BTC): 2024年9月にCoinbaseが発行を開始したERC-20トークン。カストディアンをCoinbase単一機関に依存する完全な中央集権型モデルですが、発行元の財務的信頼性と、Base(Layer 2)等とのインテグレーションにより市場シェアを拡大しています(2026年2月時点で時価総額約60億ドル規模)。
  • tBTC(Threshold): 秘密鍵の管理を特定の中央機関ではなく、ネットワーク上の複数の独立したノード群による閾値署名(Threshold Signature)技術を用いて分散化させたプロトコル。分散性と検閲耐性が高い一方で、流動性とDeFiプロトコルへの統合数においてはWBTC・cbBTCに遅れをとるデータが示されています。

FAQ

Q. WBTCの価格は、市場で常にネイティブのBTCと完全に1対1(ディペッグなし)で取引されますか?
A. いいえ。プロトコル上は1 WBTCに対して1 BTCの裏付けが存在しますが、DEXやCEXでの取引価格は市場の需給によって決定されます。そのため、流動性の枯渇時や、カストディアンの管理体制に対する市場の信用懸念が発生した場合、1 WBTCの取引価格が1 BTCを下回る事象(ディペッグ)がオンチェーンで観測されることがあります(例:2024年8月の体制変更発表時の一時的なディスカウント等)。

Q. cbBTCは単一の取引所(Coinbase)が管理しているため、WBTCよりも分散性が低いということですか?
A. はい、アーキテクチャの観点では分散性は極めて低くなります。cbBTCはCoinbaseの単一データベースおよびカストディシステムに完全に依存しています。WBTCが(体制変更後)3機関による分散署名を採用しているのに対し、cbBTCは明確な中央集権型の裏付けトークンです。

まとめ:構造理解のためのフレームワーク

本記事では、WBTCの技術的アーキテクチャと市場におけるカストディの現実を考察しました。

  • トラストモデルの非対称性: ネイティブBTCが「トラストレス(信用不要)」であるのに対し、Wrappedアセットは必ず「カストディアンの保管能力と誠実さへの信用」を必要とする構造を持ちます。
  • カストディ移行が示す事実: 2024年のBitGoによるマルチジュリスディクション体制への移行と、それに伴うDeFiプロトコル側の担保除外措置は、パブリックチェーン上の資産がオフチェーンの管理体制にどれほど強く依存しているかを示す実証データとなりました。
  • 代替規格のトレードオフ: 流動性が高く中央集権的なcbBTCと、分散性が高いが流動性が低いtBTCなど、ユーザーは「利便性」と「検閲耐性」のトレードオフの中での選択をシステム的に迫られます。

「BTCと同価値」という価格の表面ではなく、裏付け資産をロックするスマートコントラクトと秘密鍵管理のアーキテクチャを検証することが、プロトコル評価の鍵となります。

Crypto Verseからのメッセージ

「Ethereum上でBitcoinが使える」という利便性は、Web3エコシステムのコンポーザビリティを象徴する技術的成果です。しかし、その利便性の裏側には、単一障害点(SPOF)となるカストディアンの存在と、オフチェーンにおけるガバナンス変更のリスクが常に内包されています。

Crypto Verseは、特定のカストディアンを礼賛したり非難したりすることなく、オンチェーンデータと「検証可能な事実(FACT)」のみを提示し続けます。Proof of Reserveのデータを検証するのか、代替トークンのスマートコントラクト仕様を読み解くのか。「Don’t trust, verify(信じるな、検証せよ)」――この原則こそが、次世代のデジタルインフラに向き合うための羅針盤となります。

データ参照元・出典

本記事の技術的背景および事実確認において、以下のデータ等を参照しています。

  • WBTC Network: 公式WhitepaperおよびProof of Reserveデータ(2019年〜2026年)
  • CoinGecko / DeFiLlama: WBTC, cbBTC, tBTCの時価総額およびDeFiプロトコルへの統合データ(2026年2月取得)
  • MakerDAO (Sky Protocol) Governance: WBTC担保借入に関するオンチェーン投票履歴およびフォーラム議論(2024年8月)
  • 各社公式発表: BitGoのカストディ移行プレスリリース(2024年8月)、CoinbaseのcbBTCローンチおよびWBTC上場廃止に関する公開情報

重要な注記

  • 技術的限界の性質: Wrappedトークンのスマートコントラクト(ERC-20等)は、プログラムの脆弱性(バグ)や、秘密鍵のマルチシグシステムへのサイバー攻撃に対する安全性を完全に保証するものではありません。
  • 規制・法的要件に関する性質: 中央機関が発行・管理に関与するWrappedトークン(WBTCやcbBTC等)は、各国の法執行機関からの制裁や要請により、スマートコントラクトレベルで特定のアドレスが凍結(ブラックリスト化)される技術的仕様および法的リスクを内包しています。

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Crypto Verseの視点

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  • 統計的現実を提示する

本記事は、構造的に理解するための専門コンテンツであり、特定の暗号資産への投資や特定のDeFiプロトコルの利用を推奨するものではありません。

免責事項

本記事は、暗号資産のクロスチェーン技術およびスマートコントラクトのアーキテクチャに関する客観的構造および情報提供を目的としており、特定の暗号資産(BTC, WBTC, cbBTC等)の購入、運用、特定のDeFiプロトコルへの参加を推奨するものではありません。本記事の内容は投資助言・投資勧誘を意図するものではありません。Wrappedアセットの利用には、カストディアンの経営破綻・不正行為による裏付け資産喪失リスク、スマートコントラクトの脆弱性による資産流出リスク、および極端な価格乖離(ディペッグ)による財務的損失リスクが伴います。各プロトコルのカストディ仕様や各国の規制環境は事後的に変更される可能性があります。参加の決定および最終的な判断は、ご自身の責任で行ってください。

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ByCo-Founder/ Researcher

2015年、ITエンジニアリングの領域から暗号資産(Cryptocurrency)の世界へ。

当初、私の網膜を焼いたのは、証券市場には存在しない「眠らないマーケット」の衝撃でした。CEX(中央集権取引所)に渦巻いていた当時の熱狂とカオスは、単なる投機ではなく、次なる時代の胎動そのものでした。

やがて技術はDEX、そしてDeFiへと進化し、マネーは「プログラム可能な金融」へと昇華する。その過程で私が魅せられたのは、コードが自律的に経済圏を構築する「自律分散システム」の構造的な美しさです。

私の原点は、日本初の暗号資産「モナコイン(Monacoin)」にあります。誰の指示でもなく、コミュニティの熱量だけで経済が回り始める──その光景に見た「人間主権」の可能性こそが、今の私のコンパスです。

以来10年、最前線で観測し続けてきた技術の進化。「価格」というノイズを削ぎ落とし、その奥にある「技術の実装」と「社会変革の本質」を言語化すること。

2025年、成熟しつつあるデジタル経済の荒野において、読者が迷わずに歩める「信頼できる地図」を。ここ東京から、テクノロジーと人間の未来を記録します。