Last Updated on 2026年5月14日 by Co-Founder/ Researcher
2026年5月12日、Stellar Development Foundationとバミューダ政府は、バミューダの主要な決済および金融サービスをStellarネットワーク上のオンチェーンへ移行すると発表した。
同発表は、バミューダが2026年1月に世界経済フォーラムで「世界初の完全オンチェーン国家経済」を目指す計画を表明して以来、初の運用上のマイルストーンとなる。取り組みは2018年のDigital Asset Business Actが築いた規制基盤に立脚する。地元事業者は現在、1取引あたり3〜5%のカード手数料を負担し、カテゴリーによっては実質コストが10%に達する。
この取り組みにより、住民はStellarネットワーク上のウォレットを通じ、賃金受取、事業者への支払い、政府手数料納付などが可能になる見込みだ。Stellarは2025年12月、マーシャル諸島共和国のENRAプログラムでUSDM1を介し、世界初の全国規模オンチェーンUBI給付を実現済みである。
From: Stellar to Power Bermuda’s Plan to Become World’s First Fully Onchain Economy
【編集部解説】
今回の発表は、ブロックチェーンが「投機家のための並行金融システム」から「主権国家の決済インフラそのもの」へと移行する、その分水嶺と言えるかもしれません。
そもそも、バミューダが「世界初の完全オンチェーン国家経済」を打ち出したのは2026年1月の世界経済フォーラム(ダボス会議)でのことでした。その時の発表パートナーはCircleとCoinbaseの2社で、Circleが発行する米ドル連動ステーブルコイン「USDC」を国家規模の決済通貨として活用する構想が中心でした。今回のStellar参画は、その構想の「運用フェーズ」への最初の一手であり、なおかつパートナーが単独企業に固定されない、マルチプレイヤー型の生態系として設計されていることを意味します。
ここで注目したいのは、バミューダが単一の技術や企業だけで全てを解決しようとしていない点です。Circle/Coinbase(USDCの発行・流通レイヤー)、Stellar(決済ネットワークレイヤー)、そして2025年11月に発表されたChainlink・Apex Group・Bluprynt・Hackenによる「埋め込み型監督(Embedded Supervision)ソリューション」(コンプライアンスをオンチェーン上で自動執行する規制レイヤー)が、それぞれ異なる層を担う構造になっています。レイヤーごとに役割を分け、相互運用させる設計思想は、過去のCBDCや単一発行体型のステーブルコイン構想とは明らかに異なるアプローチです。
技術的にやや専門的な要素を補足しておきます。「オンチェーン経済」とは、暗号資産で投機をすることではなく、給与・送金・税金・公共給付などの日常的なお金のやり取りそのものを、ブロックチェーン上の台帳で実行することを指します。決済を数秒・1セントの数分の1で完結できるStellarの特性が、3〜5%(最大10%)というカード決済手数料を国内に滞留させる──このシンプルな経済的動機が、構想の出発点になっています。離島・小規模経済ほど、レガシーな決済インフラの「相対的に高いコスト」が経済成長を圧迫しがちだという構造問題への、極めて実務的な回答でもあります。
この構想を「絵に描いた餅ではない」と裏付けているのが、2025年11月に運用開始されたマーシャル諸島共和国のENRAプログラムの先行事例です。同プログラムは、デジタル主権債券「USDM1」(短期米国債で1対1担保された、利回りを生むトークン化債券)をStellarネットワーク上で発行し、「Lomalo」というデジタル市民ウォレットを通じて、約4万人の人口を擁する同国の市民へユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)を直接給付し始めました(2025年9月時点で3万3,000人超が登録済み)。同年12月にはStellarネットワーク上で、世界初となる全国規模のオンチェーンUBI給付が実現しています。物理的な現金輸送に依存していた離島群の福祉給付が、瞬時の電子送金に置き換わったわけです。バミューダはこの実証を踏まえ、対象範囲を「特定の給付」から「経済全体」へとスケールさせようとしています。
ポジティブな側面は明快です。手数料の削減、給付の即時化、金融包摂(銀行口座を持てない人々への金融アクセスの提供)、そして「コンプライアンスを後付けの報告書ではなく、インフラ層に最初から埋め込む」という規制DXの可能性。とりわけ最後の点は、規制当局にとっても産業側にとっても、長年理論先行だった「リアルタイム監督」が実装段階に入ったことを示しています。
一方で、潜在的なリスクからも目を逸らすべきではありません。第一に、決済インフラが米ドル建て資産(USDC、USDM1など)に依存する設計は、現地通貨主権との関係を改めて問い直します。第二に、すべての取引が原理的にトレースされるオンチェーン経済は、効率性の裏返しとして、プライバシーや監視社会化の論点を必ず内包します。第三に、Stellarネットワーク自体や、CircleなどのIssuer、Chainlinkのオラクル、Apexの準備金管理など、複数のオフチェーン主体への技術的・運用的依存があり、「分散型インフラ」と呼ばれながら実際にはいくつかの集約点が存在します。プレスリリース自身が異例なほど長い「将来予測に関する注意書き」を付している事実も、商業的・規制的な不確実性の裏返しとして冷静に受け止めるべきでしょう。
長期的な視座で見ると、これは「ブロックチェーン・ネイティブな国家」の最初期のプロトタイプです。小規模で機動力のある法域が、明確なルール(バミューダの場合は2018年Digital Asset Business Act)を武器に先行者になり、後発の大国がそのモデルを参考に追随する──金融史でしばしば繰り返されてきたパターンが、デジタル資産の世界で再演されようとしています。日本の読者にとっては他人事ではなく、改正資金決済法によるステーブルコイン制度、Progmatなどのトークン化基盤、地方自治体のデジタル給付の議論を考えるうえで、バミューダのこれからの数年が「実装後の社会で何が起こるか」を観察する一級の生きた教材になるはずです。
「オンチェーン経済」が、一部の愛好家のための代替金融から、市民・事業者・政府が日々取引する当たり前のインフラに変わっていく──その移行が、いま実空間の小さな島で始まろうとしています。今回の発表は、そのプロセスにおける、最初の「運用上のマイルストーン」として記録されるはずです。
【用語解説】
オンチェーン経済(onchain economy)
日常の決済、給与の受け取り、税金や手数料の支払い、社会保障給付などの経済活動を、ブロックチェーン上の台帳で実行する経済モデルを指す。暗号資産による投機ではなく、お金が動く「レール」そのものをブロックチェーンに置き換える発想である。
ステーブルコイン(stablecoin)
米ドルなど法定通貨や短期国債を裏付け資産として、価値を1対1で連動させたデジタル資産。価格変動が大きい一般的な暗号資産と異なり、決済・送金用途に適する。USDCが代表例である。
USDM1
マーシャル諸島共和国が、ENRAプログラムの一環としてStellarネットワーク上で発行した「デジタル主権債券」。米ドル建てで、短期米国債(US Treasury bills)により1対1で担保されている。利回りを生む点でステーブルコインとは性質が異なる。
ENRAプログラム
マーシャル諸島共和国が2025年11月から開始した、全国民を対象とするユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)制度。Compact Trust Fund(米国との自由連合協定基金)の運用益を原資とし、デジタルウォレット「Lomalo」を通じて配布される。同年12月、Stellarネットワーク上で世界初の全国規模オンチェーンUBI給付を実現した。
Digital Asset Business Act 2018(DABA:デジタル資産事業法)
バミューダが2018年に制定したデジタル資産の包括規制法。世界に先駆けて整備された包括的なデジタル資産規制の一つとして位置づけられる。
パーミッションレス(permissionless)
特定の管理者の許可なく、誰もが参加・利用できるネットワーク設計を指す。Stellarは「パーミッションレスなネットワーク」でありながら、規制下の機関が必要とする資産管理機能も併せ持つ点を特徴としている。
Lomalo(ロマロ)
マーシャル諸島共和国がENRA給付のために導入した、Stellarネットワーク上で動作するデジタル市民ウォレット。エンタープライズ向けブロックチェーン基盤Crossmintが開発を担う。
オラクル(oracle)
ブロックチェーンの外側に存在する現実世界のデータ(為替、準備金残高、規制情報など)を、ブロックチェーン上のスマートコントラクトに信頼できる形で渡す仕組み。Chainlinkがこの分野の代表的なプロバイダーである。
【参考リンク】
Stellar Development Foundation(公式サイト)(外部)
Stellarネットワークの開発と普及を担う米国の非営利団体。仕様、エコシステム情報、プレスリリースを掲載している。
Government of Bermuda(バミューダ政府公式サイト)(外部)
バミューダ政府の公式ポータル。完全オンチェーン国家経済構想に関する公式発表ページも掲載されている。
Circle(外部)
USDCを発行する米国のフィンテック企業。バミューダ政府との初期パートナーシップを発表した一次情報源である。
Chainlink(外部)
ブロックチェーンと現実世界のデータを接続するオラクルネットワーク。バミューダ金融当局の埋め込み型監督を支える。
Apex Group(外部)
グローバルなファンドアドミニストレーター。バミューダの規制対応プロジェクトで、独立した準備金データの検証役を担う。
Hacken(外部)
ブロックチェーン領域のセキュリティとコンプライアンス監視を手掛ける企業。リアルタイムのオンチェーン異常検知を提供する。
World Economic Forum(世界経済フォーラム)(外部)
バミューダがオンチェーン経済構想を初公表した、ダボス会議として知られる年次総会の主催組織。
Bermuda Monetary Authority(BMA:バミューダ金融当局)(外部)
バミューダの金融サービスセクターを監督する規制当局。デジタル資産の規制と監督フレームワーク整備を主導する。
【参考記事】
The Marshall Islands’ experiment with a universal basic income(Lowy Institute)(外部)
マーシャル諸島ENRAプログラムをシンクタンク視点で分析。四半期200米ドル給付、3万3,000人超登録などの数値を提供する。
Chainlink, Apex Group, Bluprynt, & Hacken Partner with the Bermuda Monetary Authority(PR Newswire)(外部)
BMAと完了させた埋め込み型監督ソリューションの発表。Apex Groupの3兆5,000億ドル運用規模、Hackenの検知速度などを示す。
The Government of Bermuda Announces Plans to be the World’s First Fully Onchain National Economy(Government of Bermuda)(外部)
2026年1月ダボス発表のバミューダ政府公式リリース。Circle・Coinbaseとの初期パートナーシップ経緯が時系列で整理されている。
World’s First On-Chain Disbursement of UBI Delivered on the Stellar Network via USDM1(Stellar公式)(外部)
マーシャル諸島ENRAの公式発表。USDM1の担保構造とLomaloウォレット経由の即時給付の仕組みを詳述している。
【編集部後記】
今回のニュースで、「ブロックチェーンが普通の暮らしの裏方になる日」が思っていたよりも早くやって来そうだと感じました。派手な投機の話題ではなく、給与や手数料、社会保障給付という地味で確実な領域から、それは始まっています。
日本で暮らす私たちが今すぐ何かを変える必要はないのかもしれません。けれど、海の向こうの小さな島で起きていることが、5年後の自分たちの財布や家計簿の使い方に直結する可能性は十分にあるでしょう。皆さんと共に、未来について情報を共有していきたいと思います。
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