Last Updated on 2026年10月24日 by Co-Founder/ Researcher
OCCの最終規則は、取引所などを通じた利回りの支払いを違反と推定する規定を外しました。それでも、報酬が解禁されたわけではありません。同じ週に香港で始まったRedCoinは無利息で、準備資産の運用益も秘密鍵もHSBCの側にあります。ステーブルコインの利回りは、いったい誰のものなのでしょうか。
米通貨監督庁(OCC)は2026年10月21日、米国のステーブルコイン法「GENIUS法」を実施する最終規則を公表した。対象はOCCの管轄下にある決済用ステーブルコインの発行体と外国の発行体で、準備資産、償還、リスク管理、監督などの要件を定める。施行は2027年1月18日で、GENIUS法そのものの施行日と同じである。マネーロンダリング対策と制裁に関する規則は、財務省と協調して別に定める。保有だけを理由に発行体が利回りを支払うことを禁じた条項については、規則案にあった、関係会社や関連する第三者を通じた支払いを違反と推定する規定を削除した。OCCは、規制の回避に対処する権限は保持するとしている。
From: OCC Advances U.S. Digital Asset Leadership with Final Rule to Implement GENIUS Act
【編集部解説】
9月3日の記事で、OCCの規則案が「関係会社や関連する第三者を通じて利回りを払う取り決めは、発行体による違反と推定する」という枠組みを示していたことを紹介しました。21の金融機関が新しい発行会社をつくると発表した、その記事の背景にあった論点です。今回の最終規則で、この「推定」は外されました。
ただし、これは報酬の解禁ではありません。OCCが手放したのは「推定する」という道具であって、禁止そのものではないからです。本稿では、最終規則が利回りについて何を決め、何を決めなかったのかを整理します。そのうえで、同じ週にアジアで動いた3つの出来事を並べ、「ステーブルコインの利回りは誰のものか」という問いから読み解きます。
推定を外しても、禁止は残る
GENIUS法は、発行体が保有・利用・保持だけを理由に、現金、トークン、その他の対価のいずれでも、利息や利回りを支払うことを禁じています。規則案は、取引所などの第三者を通じた「抜け道」を塞ぐため、一定の取り決めがあれば違反と推定し、発行体の側に反証させる仕組みを用意していました。
コメントは二つに割れました。推定を外すべきだという意見が多く寄せられた一方で、地域銀行からの預金流出を懸念し、間接的な支払いまで一律に禁じるべきだという声も少なくありませんでした。OCCは推定を削除したうえで、回避に対処する権限は手元に残すと明記しています。
最終規則の説明部分を読むと、線の引き方が見えてきます。発行体の代理人が発行体に代わって、保有・利用・保持だけを理由に利回りを払う場合は、禁止の対象です。中間業者を通じた支払いは、その実質と目的を「事実と状況」に照らして個別に判断します。一方で、OCCは「利息」「利回り」をあえて定義せず、本物のサービスへの対価や、利回りに当たらない取引に応じた支払いは、原則として禁止の外にあるとも書いています。別の目的を名乗るだけの回避については、取引の実質を見て判断するとしています。
そのうえでOCCは、許される取り決めと禁じられる取り決めの例示リストを出しませんでした。少額の支払いを除外するセーフハーバーも設けず、GENIUS法の成立前からある報酬プログラムも、成立後のものと同じ基準で評価するとしています。個人と機関投資家も区別しません。違反を是正する猶予期間は設けず、執行の裁量で対応する方針です。
つまり、取引所が配る報酬が一括で「認められた」わけでも、一律に禁じられたわけでもありません。一定の取り決めについて発行体に反証を求める枠組みがなくなり、それぞれの取り決めに、すべての事実と状況を踏まえて法律を当てはめる形になりました。OCCは、GENIUS法が改正されたり、利回りの禁止に明確に関係する法律が成立したりした場合には、規則の改正を検討するとも書いています。9月15日に上院で審議入りに向けた討論終結の動議が成立しなかったCLARITY法案の行方も、この論点に関わってきます。
準備資産の利息は、誰のものか
利回りの禁止がなぜこれほど争われるのか。その構造を、同じ週に個人向けの提供を始めた香港のステーブルコインが分かりやすく示しています。
HSBCは10月23日、香港ドル建てのステーブルコイン「HSBC RedCoin(RCHKD)」を、決済アプリ「PayMe」で提供し始めたと発表しました。香港金融管理局(HKMA)の発行者ライセンスを受けたもので、個人間の送金と、10万以上の加盟店での支払いに使えます。約330万人のPayMe利用者は、今後数日のうちにアプリでウォレットを有効にできるようになります。
ホワイトペーパーによると、RedCoinは無利息です。1枚が1香港ドルの準備資産で裏付けられ、準備資産は受託会社が信託で保有します。その準備資産の運用から生じる利息などの収益は、HSBCが受け取り、損失もHSBCが負います。購入、償還、送金の手数料は、現時点で無料とされています。
RedCoinでは、利用者は現時点で手数料なしの決済を手にし、準備資産の運用益はHSBCに入ります。米国の議論には、こうした運用益の一部を、取引所などを通じて利用者に還元する仕組みも含まれています。ただし、法的な線引きは資金の出どころだけでは決まりません。誰が、何を理由に、どのように支払うのかが問われます。OCCは法律と規則の禁止条項を維持しながら、推定や一律の例示リストは設けず、具体的な取り決めへの当てはめを個別に判断する道を選びました。
鍵とチェーンは、誰が持つのか
RedCoinには、もう一つ注目したい設計があります。発行されるのはHSBCの私的な許可型チェーンで、Ethereumと互換性のある仕組み(EVM)の上にERC-20に準拠した形で発行されます。取引を承認するノードはHSBCだけが運営し、外部の参加はありません。
利用者の保有分は、HSBCが管理するウォレットにまとめて保管され、秘密鍵もHSBCが管理します。利用者ごとの権利はHSBCの内部記録で区別され、所有権は利用者に残ります。ウォレットは銀行口座ではなく、香港の預金保護制度の対象外であることも、HSBC自身が明記しています。
銀行が規制のもとで安全に運用するための、筋の通った設計です。同時に、オンチェーンの技術を使いながら、鍵と台帳を利用者の手元に置かない形でもあります。10月に取り上げたSamsung WalletのUSDC送金も、利用者が秘密鍵を自ら管理しない設計です(米国で10月最終週に提供を始める予定)。ホワイトペーパーは、HKMAの承認を前提に、将来はパブリックチェーンとの接続にも備えるとしています。どちらの事例でも、利用者が自ら鍵を持つ代わりに、銀行や規制を受けたカストディ事業者に管理を委ねる設計が選ばれています。
アジアは「決済の手段」としての置き場所を探る
韓国では、韓国メディアのDigital Assetが10月23日、韓国銀行の22日の国政監査向けの業務報告資料をもとに、ステーブルコインを支払手段などとして規律する外国為替取引法の改正案を、年内に政府と共同で用意する計画だと報じました。国境をまたぐデジタル資産取引の監視体制も準備するとしています。英文の報道には「公式の決済手段に」と受け取れる見出しもありますが、この報道が伝えているのは改正案を用意する計画です。支払手段としての法的な位置づけが、すでに確定したことを示すものではありません。
シンガポール金融管理局(MAS)は10月23日、ステーブルコインとトークン化預金による越境決済を検討する官民の取り組み「BLOOM」に、マレーシア中央銀行(BNM)とタイ中央銀行(BOT)が政策当局のメンバーとして加わったと発表しました。新たな参加者には、Ripple、Visa、Mastercard、世界銀行グループなどが名を連ねます。作業は、デジタルマネーの受け入れと決済、ネットワーク間の相互運用性、本人確認や制裁スクリーニングなどの管理の3分野に分かれています。具体的な日程は示されていません。
米国が「利回りをどこまで許すか」を詰めている同じ週に、アジアでは「ステーブルコインを決済の手段として、どの法律のどこに置くか」が動いていました。米国では発行と監督の規則が整い、アジアでは制度づくりや越境利用の検討が進んでいます。法的な位置づけはそれぞれ違いますが、ステーブルコインを決済の中にどう組み込むかという共通の課題に向き合っています。
日本の読者にとって
9月に新会社の設立を発表した21の金融機関には、MUFG Bankも加わっています。米国市場向けの発行や提供のルールは、それに合わせた発行体やサービスの設計を通じて、日本の利用者や事業者にも影響すると考えられます。利回りを利用者にどう還元するのか、鍵を誰が持つのか、預金とどう違うのか。日本でステーブルコインやトークン化預金を使うときにも、同じ問いが向けられることになります。
OCCは、発行体の申請受付を始める日を別途発表するとしています。2027年1月18日の施行に向けて、規則は「何が禁止か」から「誰が、どの条件で発行するのか」へと進んでいきます。利回りと鍵の行方を見ていくことは、ステーブルコインが誰のためのお金になるのかを見ていくことでもあります。
【用語解説】
GENIUS法
2025年7月に成立した米国のステーブルコイン法。決済用ステーブルコインの発行体に、準備資産による1対1の裏付けや償還、監督などの要件を課し、保有だけを理由とする利息・利回りの支払いを禁じる。
推定(規則案の推定規定)
一定の条件を満たす取り決めを、違反とあらかじめ推定する仕組み。発行体が書面などで違反でないことを示せば、推定を覆せる。
セーフハーバー
一定の条件を満たせば規制に違反しないとみなす、あらかじめ定めた安全圏。今回のOCCの最終規則は、少額の支払いなどについて設けなかった。
準備資産
ステーブルコインの価値を裏付けるために発行体が保有する現金や短期国債などの資産。その運用から生じる利息の扱いが、利回りの議論の背景にある。
許可型チェーン
参加者や取引を承認するノードを、運営者が許可した者に限るブロックチェーン。誰でも参加できるパブリックチェーンと対比される。
EVM
Ethereum Virtual Machine。Ethereumでスマートコントラクトを動かす実行環境。互換性のある仕組みを使えば、Ethereum向けのソフトや規格を流用しやすい。
ERC-20
Ethereumで広く使われる、代替可能なトークンの技術規格。送金や残高照会などの基本的な機能を共通の形で定める。
秘密鍵
ブロックチェーン上の資産を動かすための署名に使う鍵。秘密鍵を管理する者が、実際に資産を移転できる。
カストディ事業者
顧客に代わって暗号資産やステーブルコインを保管・管理する事業者。秘密鍵の管理を担う。
トークン化預金
銀行預金を、ブロックチェーン上で移転できる形にしたもの。法的には銀行に対する預金債権であり、発行するのは銀行である。
国政監査
韓国の国会が、毎年、政府機関や公的機関の業務を監査する制度。韓国銀行も対象となる。
BLOOM
シンガポール金融管理局(MAS)が2025年10月に立ち上げた官民の取り組み。ステーブルコインやトークン化預金による越境決済の枠組みを検討する。
CLARITY法案
米国の暗号資産の市場構造を定める法案。ステーブルコインの報酬の扱いも論点の一つとなっている。
討論終結の動議(クローチャー)
米上院で、討論を打ち切って採決に進むための動議。成立には原則として60票が必要となる。
【参考リンク】
OCC(米通貨監督庁)GENIUS Act(外部)
OCCがGENIUS法の実施について、規則案と最終規則、発行体の申請手続きや報告様式の案内をまとめている公式の情報ページ。
HSBC RedCoin(HSBC香港)(外部)
HSBC RedCoinの公式ページ。ホワイトペーパーと準備資産の管理方針、流通量と準備資産の日次の開示を掲載している。
香港金融管理局(HKMA)ステーブルコイン発行者の登録簿(外部)
香港金融管理局がライセンスを与えたステーブルコイン発行者の一覧。HSBCの発行者ライセンス番号FRS02などを確認できる。
シンガポール金融管理局(MAS)(外部)
MAS、マレーシア中央銀行、タイ中央銀行がBLOOMで越境決済の検討を進めると発表した2026年10月23日のメディアリリース。
【参考記事】
GENIUS Act Regulations: Final Rule(OCC Bulletin 2026-50)(外部)
OCCが金融機関向けに出した最終規則の概要。新設する12 CFR 15の項目と、2027年1月18日の施行日、別途の規則に回す範囲を示す。
HSBC RedCoin launches today(HSBC)(外部)
HSBCがPayMeでRedCoinの提供を始めたと発表したニュースリリース。約330万人の利用者と、年内の機能追加の計画に触れる。
정부·한은, “스테이블코인 지급수단으로 규율” 외국환거래법 개정 추진(디지털애셋)(外部)
韓国銀行の国政監査向けの業務報告資料をもとに、外国為替取引法の改正案を年内に政府と用意する計画だと報じた韓国語のニュース記事。
【編集部後記】
ベッセント財務長官は、GENIUS法をリンカーン大統領の1863年の国法通貨法になぞらえました。OCCは、まさにその法律で財務省の一部局として生まれた役所です。
当時の国法銀行は、国債を預けて銀行券を発行しました。利息の付かない銀行券が街を流通する一方で、預けた国債の利息は銀行に入ります。準備資産の運用益が発行体に残るいまのステーブルコインと、骨組みはよく似ています。160年あまりを経て、同じ役所が、その運用益の行き先の線引きを担っています。

