Last Updated on 2026年5月6日 by Co-Founder/ Researcher
CLARITY法のステーブルコイン利回り条項であるSection 404の最終文言が、2026年5月1日金曜日夕方に公開された。トム・ティリス上院議員(共和党・ノースカロライナ州)とアンジェラ・アルソブルックス上院議員(民主党・メリーランド州)が文言を最終化し、Punchbowl Newsが最初に報じた。
法案のSection 404は、デジタル資産サービス提供事業者およびその関連会社に対し、ステーブルコイン保有のみに紐づく利息や利回り、銀行預金利息と経済的・機能的に同等な支払いを米国顧客に提供することを禁止する。決済、送金、マーケットメイキング、ステーキング、ガバナンス参加、ロイヤリティプログラムなど、活動ベースの報酬は許容される。違反には1件あたり最大500万ドルの民事制裁金が科される。SEC、CFTC、財務省は1年以内に規則を共同で公布する。
Coinbaseは2025年に13億5,000万ドルのステーブルコイン収益を計上していた。上院銀行委員会のマークアップは2026年5月に予定されている。
From: CLARITY Act Stablecoin Yield Text Is Finally Public: What It Says and What It Means
【編集部解説】
今回の合意は、米国の暗号資産規制において「ステーブルコインとは何か」という根源的な問いに、初めて立法レベルで明確な線引きを示した出来事だと言えます。Section 404は単なる利回り禁止規定ではなく、デジタル資産を「保有することで稼ぐ資産」と位置づけるか、「利用することで価値が生まれる通貨」と位置づけるかという哲学的選択を法律に書き込んだものです。
業界関係者が表現した「buy and hold(買って保有)」から「buy and use(買って使う)」へのパラダイムシフトは、見かけ以上に大きな意味を持ちます。これまで多くの暗号資産プラットフォームは、銀行の高金利預金口座と競合する形で顧客を獲得してきました。今回の条文は、その競争モデル自体を法律で禁じる代わりに、決済・送金・ステーキング・ガバナンス参加といった「ネットワークに能動的に関わる行動」への報酬は守るという設計になっています。Web3が掲げてきた「参加型経済」の思想を、規制の側から後押しする結果にもなり得る構造です。
Coinbaseがこの議論の中心にいた理由は、同社のビジネスモデルそのものに直結します。元記事によれば、Coinbaseの2025年のステーブルコイン関連収益13億5,000万ドルの大半は、CircleのUSDCに紐づく分配金収入であり、これは実質的に「ユーザーがUSDCを保有してくれること」で生まれる収益でした。3月にCircle株が1営業日で約20%下落したと元記事が伝えている事実は、規制文言の一字一句が時価総額レベルで企業価値を動かす段階に、暗号資産業界が突入したことを物語っています。
銀行業界が主張する「預金流出(deposit flight)」リスクについては、見方が大きく分かれている点に注意が必要です。American Bankers Associationは2026年1月の議会向け書簡で、6兆6,000億ドルの銀行預金が流出リスクに晒されると試算した一方、ホワイトハウスは2026年4月の分析で、最悪のケースを積み上げても銀行融資への影響は限定的だと反論しています。現在のステーブルコイン市場規模は約3,200億ドルで、米国の銀行預金総額に対しては桁違いに小さく、銀行側の懸念は「将来の成長シナリオ」に依存している面が強いと言えるでしょう。
実務的に注目すべきは、許容される報酬が「残高、期間、保有期間、またはこれらの組み合わせ」を参照して計算してよいと明記された点です。これは、活動ベースであれば実質的に保有量や保有期間に応じた報酬設計が可能だということを意味します。プラットフォーム各社のプロダクト設計者にとっては、規則制定プロセスでこの境界線がどこに引かれるかが、今後1年間の最大の関心事になります。
合意公開後の動きも見逃せません。2026年5月5日には、ティリス・アルソブルックス両議員が共同声明を発表し、銀行業界からの追加修正要求に対して「敬意をもって意見の相違を認める」と明言しました。American Bankers Associationなど5つの主要銀行業界団体は文言が「不十分」だと反発を続けていますが、合意公表後にはPolymarket上のCLARITY法年内成立確率が一段と上昇したとの報道もあり、市場は立法化を徐々に織り込み始めています。
グローバル視点では、この立法はEUのMiCA規制やシンガポール・香港のステーブルコイン枠組みと比較される存在になります。Crypto Council for Innovationが指摘した「米国外で起きている暗号資産活動の方が大きい」という懸念は、今回の制限が結果的に米国から海外へ事業を押し出す効果を持つかという、競争力上の論点を提起しています。
ただし、CLARITY法全体としてはまだ未確定要素が多いことも忘れてはなりません。トークノミクス、DeFi保護、ソフトウェア開発者の責任といった論点は依然として未解決で、上院銀行委員会のマークアップ通過後も、上院本会議、下院との調整という関門が残されています。メモリアルデー連休に入る5月21日までの数週間が、立法プロセスの方向性を決定づける重要な期間となります。
長期的に見れば、今回の合意はステーブルコインを「銀行預金の代替物」ではなく「決済インフラ」として位置づけ直す、本格的な立法的試みです。USDCやUSDTといった既存のステーブルコインに加え、銀行系トークン化預金、各種CBDC構想といった選択肢が並立する未来において、米国がどの形を選ぶかを決める分水嶺の一つだと捉えることができます。読者の皆さんが日常的に使うウォレットやカード決済の体験は、この規則制定の数年後に静かに、しかし確実に変わっていくことになるでしょう。
【用語解説】
CLARITY法(Digital Asset Market Clarity Act)
米国におけるデジタル資産の市場構造を規定する法案。SECとCFTCの管轄区分、ステーブルコイン報酬、DeFi保護、開発者責任などを包括的に扱う。下院は2025年に可決済みで、現在は上院での審議段階にある。
GENIUS法
2025年7月18日にドナルド・トランプ大統領が署名して成立した、米国初の決済用ステーブルコイン発行体に対する連邦規制法。発行体に準備金要件・償還義務・AML規則を課し、ホルダーへの直接的な利息支払いを禁止した。発行体「以外」の取引所による報酬プログラムは規制対象外であった。
Section 404(第404条)
CLARITY法のうち、ステーブルコインの利回り・報酬規制を定める条項。今回最終文言が公開された部分にあたる。
マークアップ
米国議会において、委員会が法案の条文を逐条審議し、修正を加えて本会議に送付する手続き。立法プロセス上、極めて重要なステップである。
ステーブルコイン
米ドルなどの法定通貨と価値を連動させるよう設計された暗号資産。代表例にUSDC、USDTがある。準備資産による裏付け方式が主流。
buy and hold / buy and use
前者は「保有することで利益を得る」モデル、後者は「実際に利用することで報酬を得る」モデル。今回のSection 404はこの転換を法的に方向づけたとされる。
bona fide activities(真正な活動)
法案条文上の概念で、見せかけではなく実体を伴うプラットフォーム上の経済活動を指す。報酬の対象として認められる行為の判定基準となる。
マーケットメイキング
取引所や市場で売り注文と買い注文を継続的に提示し、流動性を供給する行為。暗号資産市場では報酬プログラムの対象となるケースが多い。
ステーキング
暗号資産をブロックチェーンのバリデーション処理にロックすることで、ネットワーク維持に貢献し、報酬を得る仕組み。
預金流出(deposit flight)
顧客が銀行預金を引き出し、より高利回りの金融商品(ステーブルコイン報酬プログラム等)へ移動する現象。銀行業界がCLARITY法をめぐって最も懸念してきた論点。
DeFi(分散型金融)
ブロックチェーン上のスマートコントラクトによって、銀行などの中央集権的な仲介者を介さずに金融サービスを提供する仕組みの総称。
トークノミクス
トークンの発行量、配分、インセンティブ設計などを総合した経済設計のこと。CLARITY法の未解決論点の一つ。
CBDC(中央銀行デジタル通貨)
中央銀行が直接発行するデジタル通貨。米国ではFRBによる一般向けCBDC発行に制約が課されており、民間ステーブルコインがその代替的役割を担いつつある。
MiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)
EUにおける暗号資産包括規制。2024年から段階的に適用が始まり、ステーブルコインに関する規制も含まれる。米国のCLARITY法と国際比較される枠組み。
【参考リンク】
Coinbase(外部)
米国最大級の暗号資産取引所。今回の交渉で最大の商業的利害関係者となった企業。
Circle(外部)
ステーブルコインUSDCおよびEURCの発行体。Coinbaseと分配パートナーシップを結んでいる。
Securities and Exchange Commission(SEC)(外部)
米国証券取引委員会。CLARITY法では暗号資産報酬規則の共同策定機関の一つ。
Commodity Futures Trading Commission(CFTC)(外部)
米国商品先物取引委員会。デジタル資産のうちコモディティ分類の監督権限を持つ。
U.S. Department of the Treasury(外部)
米国財務省。Section 404違反に対する民事制裁金の査定権限を担う機関である。
Federal Reserve(外部)
米連邦準備制度理事会。ステーブルコイン普及の影響に関する議会報告に関与する。
Federal Deposit Insurance Corporation(FDIC)(外部)
連邦預金保険公社。CLARITY法はステーブルコインをFDIC保険対象として表示することを禁ずる。
Office of the Comptroller of the Currency(OCC)(外部)
通貨監督庁。国法銀行および外国銀行支店の監督機関で、議会報告作業に参加する。
Crypto Council for Innovation(外部)
暗号資産業界のグローバル提言団体。今回の文言が消費者インセンティブを過度に制限する可能性を指摘した。
The Digital Chamber(外部)
ワシントンDC本拠のブロックチェーン業界団体。今回の合意公開を歓迎する立場を表明した。
Blockchain Association(外部)
米国の主要な暗号資産業界ロビー団体。CLARITY法のマークアップに向けた一歩として今回の合意を評価した。
American Bankers Association(外部)
米国銀行協会。ステーブルコイン報酬による預金流出リスクを最も強く主張してきた団体。
Polymarket(外部)
予測市場プラットフォーム。CLARITY法の年内成立確率を公開しており、合意公表後に確率が上昇した。
Punchbowl News(外部)
ワシントンDC本拠の議会・政策報道専門メディア。ティリス・アルソブルックス合意を最初に報じた媒体。
【参考記事】
Clarity Act text lets crypto firms offer stablecoin rewards while shielding bank yield(CoinDesk)(外部)
妥協文言公開当日の速報。Section 404の核心、両議員の交渉経緯、Coinbase CEOの発言などを伝える。
Crypto industry backs CLARITY Act yield compromise, pushes Senate Banking for markup(CoinDesk)(外部)
「buy and hold」から「buy and use」モデルへの転換を業界視点で整理。Circle側の支持声明も収録。
CLARITY ACT: Lummis and Tillis Defend Stablecoin Compromise as Banking Groups Push Back(The Crypto Times)(外部)
銀行業界5団体の反発と上院議員側の反論を整理。Polymarketの確率変動とメモリアルデー前の重要性を解説。
CLARITY Act: Senators Tillis and Alsobrooks Imply Stablecoin Yield Compromise Is Final(CoinGape)(外部)
5月5日のティリス・アルソブルックス共同声明と、それを受けた市場の反応、Coinbase関係者のコメントを報じた記事。
Bank trade groups say Senate stablecoin reward fix ‘falls short’ amid deposit protection concerns(The Block)(外部)
American Bankers Associationなど5団体の合同声明と、ティリス上院議員の反論を詳述した記事。
Effects of Stablecoin Yield Prohibition on Bank Lending(The White House)(外部)
ホワイトハウス分析。最悪条件でも融資影響は5,310億ドル(4.4%増)に留まり預金流出論を反論。
2026 and Fundamental Changes to the U.S. Payments System(Fredrikson & Byron)(外部)
ABAの「6兆6,000億ドルの銀行預金が流出リスクに晒されている」との試算を取り上げた解説記事。
【編集部後記】
ステーブルコインの利回り規制と聞くと、遠い米国の議会の話に思えるかもしれません。けれど「保有して稼ぐ」から「使って報酬を得る」への転換は、数年後に私たちが手にするウォレットや決済アプリの設計思想そのものを変えていく可能性があります。
みなさんなら、日々使うデジタル通貨に何を期待しますか。安全性でしょうか、利便性でしょうか、それとも参加することへの報酬でしょうか。お金のかたちが静かに書き換わっていくこの瞬間を、ぜひ一緒に追いかけていけたらと思っています。
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※本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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