Last Updated on 2026年5月17日 by Co-Founder/ Researcher
銀行を通さず、スマホひとつで「日本円」がアジアの国境を越えていく——そんな未来が、少しずつ現実になりつつあります。日本円ステーブルコイン「JPYC」が、アジア最大級のブロックチェーンエコシステムを持つKaiaに対応し、同時に発行ルールも使いやすく変わりました。一見地味なアップデートですが、これは円がデジタルなお金として世界に出ていくための、静かな一歩です。
JPYC株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役:岡部典孝)は2026年5月15日、日本円ステーブルコイン「JPYC」の発行・償還プラットフォーム「JPYC EX」において、初の追加対応チェーンとして「Kaia」での発行を開始したと発表した。
JPYCは2025年8月に資金移動業者登録を取得し、同年10月27日に正式発行を開始しており、今回のKaia対応は正式発行開始から約6か月半での新たなチェーン展開となる。これによりJPYCはAvalanche、Ethereum、Polygon、Kaiaの4チェーンで発行される。Kaiaチェーン上でJPYCの発行・償還、ウォレットアドレス登録が可能となり、対応するのはKaia Mainnet(ChainID:8217)である。
Kaiaは、Kakaoの「Klaytn」とLINEの「Finschia」の統合により誕生したレイヤー1ブロックチェーンである。JPYC社はKaia DLT Foundationと協業し、韓国、インドネシア、タイ、台湾などアジア地域での活用機会の拡大を目指す。
From: 日本円ステーブルコイン「JPYC」、初の追加対応チェーンとして「Kaia」で発行開始
【編集部解説】
まず押さえておきたいのは、今回の発表が「対応チェーンが1つ増えた」という技術的な拡張にとどまらないという点です。JPYCがアジア展開の足がかりとして選んだのが、グローバルなDeFiで主流のBaseやArbitrumではなくKaiaだったという「選択」にこそ、戦略の核心があります。
Kaiaは、韓国のKakaoTalkと日本のLINEという、合わせて2億5000万人を超えるユーザー接点を持つ2大メッセージングアプリの基盤を引き継いで2024年8月に誕生したブロックチェーンです。岡部典孝氏は、別のイベント登壇時に、Kaiaが円建てステーブルコイン経済圏へ到達する近道になりうるとの考えを示したとも報じられています。暗号資産に詳しい層が集まる場所ではなく、すでに人々が日常的に使うアプリのなかにステーブルコインを届ける——そのための「回線」としてKaiaが選ばれた、と読み解くのが自然でしょう。
技術面では、KaiaはEVM互換のレイヤー1で、約1秒でのトランザクション確定と低い手数料を特徴としています。少額決済を何度も繰り返す用途では、確定の速さと安さが実用性を大きく左右します。日常使いへの適性が、チェーン選定の判断を支えていると見られます。
岡部氏のコメントにある「AI時代におけるステーブルコインの日常利用」という表現も見逃せません。これは、人間だけでなくAIエージェントが自律的に決済を行う未来を見据えた言葉です。AIエージェント経済では、銀行の営業時間や着金待ちといった摩擦のない決済手段が求められると考えられます。プログラム可能なステーブルコインは、その有力な候補と目されています。
もう一つ重要なのが「通貨」をめぐる視点です。現在のステーブルコイン市場は、米ドル建てのUSDTやUSDCが圧倒的なシェアを占めています。そのなかで円建てのJPYCがアジアのKaia上に乗ることは、ドル一極ではない多通貨のオンチェーン経済圏をアジアで形づくる試みの一部と位置づけられます。Kaiaは韓国ウォン建てステーブルコインについて、発行・決済・利用に関する規制対応型の枠組みづくりも進めており、円建てのJPYCの参加は、その構想にもう一筆を加えるものといえます。
この動きが起きるタイミングも示唆的です。日本では、2023年6月に施行された改正資金決済法によって、ステーブルコインが「電子決済手段」という新たな法的カテゴリーに位置づけられました。JPYCもこの枠組みのもとで発行されています。そして2025年改正資金決済法は、2026年6月13日までに(政令で定める日に)順次施行され、電子決済手段やサービス仲介業に関する登録制度が拡充されます。さらに2026年4月には、暗号資産を金融商品取引法の枠組みへ移す改正案が閣議決定されました。制度設計が段階的に固まりつつあるこの局面で、JPYCはチェーン拡大という形で実需の土台を広げにかかっている、という構図が見えてきます。
競争環境の変化も背景にあります。三菱UFJなどメガバンク連合が円建てステーブルコインの共同発行に向けた実証を進めているほか、マネックスグループもステーブルコイン関連事業の検討が報じられています。資金力のある銀行系プレイヤーが本格参入する前に、ユーザー接点と流通網を先行して押さえる——今回のKaia対応には、そうした「陣取り」の意味合いも含まれていると考えられます。
実需の手応えは、数字にも表れ始めています。報道によれば、JPYCの累計発行額は2026年4月15日時点で21億円を超え、直近3か月で約2.6倍に伸びました。直接の口座開設数が約1万7000であるのに対し、JPYCを保有したウォレットアドレスは13万7000を超えています。プラットフォームの外で活発に流通している様子がうかがえます。
一方で、楽観だけでは語れない側面もあります。パーミッションレス型のブロックチェーンは、誰でも参加できるオープンさが利点である半面、不正な資金の流れを監視しにくいという課題も抱えています。金融庁の資料でも、パーミッションレス型チェーン上でのステーブルコインの取り扱いについては、マネーロンダリングなどのリスクが論点として整理されています。資金移動業者であるJPYCはこの議論の直接の対象ではありませんが、対応チェーンが増えるほど監視やコンプライアンスの「面」が広がる点は無縁ではないでしょう。クロスボーダー利用となれば、各国の規制との整合という難題も避けて通れません。
加えて、複数チェーンへの分散は流動性の断片化というトレードオフを伴います。現状の発行規模が数十億円台であることを踏まえれば、4チェーンに広げることで一つひとつのチェーンの流動性が薄くなる懸念もゼロではないでしょう。また、第二種資金移動業者が発行するステーブルコインには、1回あたり100万円までという送金上限が設けられています。大口の決済用途には、なお制約が残ります。
長期的に見れば、今回の一歩は「メッセージングアプリを入り口にした金融インフラ」と「アジア発の多通貨決済網」という、2つの大きな実験が交差する地点に位置しています。それが日本円という通貨の存在感をデジタル空間でどこまで保てるのか。今後もその行方を継続的に追っていきます。
【用語解説】
資金移動業/第二種資金移動業者
銀行以外で送金(為替取引)を業として営む事業者の登録区分。第二種は1回あたり100万円までの送金を扱える類型で、JPYC社はこの登録を受けてJPYCを発行している。
レイヤー1ブロックチェーン
他のチェーンに依存せず、それ自体で取引の検証と記録を完結させる基盤層のブロックチェーン。イーサリアムやKaiaがこれにあたる。
EVM互換
イーサリアムの実行環境(Ethereum Virtual Machine)と互換性をもつこと。イーサリアム向けに開発されたスマートコントラクトやツールを、大きな改修なく利用できる。
ファイナリティ(トランザクション確定)
取引がブロックチェーン上で確定し、後から覆らなくなること。確定までの時間が短いほど、決済の体感速度と実用性は高まる。Kaiaは約1秒での確定を特徴とする。
パーミッションレス型ブロックチェーン
許可を得ずに誰でも参加・取引できる公開型のブロックチェーン。透明性が高い一方、不正利用の監視がコンプライアンス上の課題となりやすい。
Klaytn・Finschia
Kaiaの前身となった2つのブロックチェーン。Klaytnは韓国のKakao系、Finschiaは日本のLINE系が開発した。両者の統合により2024年にKaiaが誕生した。
USDT・USDC
それぞれテザー社、サークル社が発行する米ドル連動型のステーブルコイン。現在、世界のステーブルコイン流通量の大半を占めている。
【参考リンク】
JPYC株式会社(コーポレートサイト)(外部)
日本円ステーブルコイン「JPYC」を発行・運営するJPYC株式会社の公式コーポレートサイト。会社概要やニュースなどを掲載している。
JPYC EX(外部)
JPYCの発行(円→JPYC)と償還(JPYC→円)を行う公式プラットフォーム。マイナンバーカードで本人確認し、ブラウザから利用できる。
Kaia(公式サイト)(外部)
JPYCが新たに対応したレイヤー1ブロックチェーン「Kaia」の公式サイト。Kaia DLT Foundationが運営している。
Kaiascan(外部)
Kaiaチェーンのブロックエクスプローラー。取引やトークン、コントラクトの情報を誰でも検索・閲覧でき、JPYCの発行も確認できる。
【参考記事】
Stablecoin Issuer JPYC Inc. Secures 2.8 Billion Yen in Series B Second Close(FinTech Observer)(外部)
JPYCのシリーズB二次クローズや、2026年4月時点で累計発行額が21億円を超えたことなど、実需の数値を報じる記事。
What Is Kaia (KAIA) And How Does It Work?(CoinMarketCap)(外部)
KaiaがKlaytnとFinschiaの統合で生まれたEVM互換のレイヤー1であり、約1秒のファイナリティをもつことを解説する記事。
Japan Payment Services Act 2026 Guide(Global Law Experts)(外部)
2025年改正資金決済法の施行スケジュールや、暗号資産を金融商品取引法へ移す改正案など制度動向を整理した記事。
Japan’s Stablecoin Landscape: Regulation, Innovation, and the Road Ahead(Blackbox JP)(外部)
2023年6月の改正資金決済法でステーブルコインが「電子決済手段」と位置づけられた経緯や、JPYCの発行開始を整理した記事。
Banking Regulation 2026 – Japan(Chambers and Partners)(外部)
第二種資金移動業者の1回100万円の送金上限や、パーミッションレス型チェーンに関する制度上の論点を解説する記事。
Japanese Yen-backed Stablecoin Goes Live on Ethereum and Polygon(Yahoo Finance 配信)(外部)
JPYCの規制対応版とJPYC EXの稼働に加え、メガバンク連合などの円建てステーブルコイン参入動向を報じる記事。
【関連記事】
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【編集部後記】
「JPYC」や「Kaia」と聞くと専門的に感じるかもしれませんが、その先にあるのは「日本円がアプリの中を、国境をまたいで動く」という、案外身近な未来です。私たちも、まだ答えを持っているわけではありません。
もしスマホの中の日本円ステーブルコインを自由に使えるとしたら、みなさんは何に使ってみたいでしょうか。日々の買い物か、海外への送金か、それとも別の何かか。その小さな想像こそが、この技術の輪郭をいちばん確かに照らしてくれる気がしています。よければ一緒に考えていけたら嬉しいです。
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