暗号資産(仮想通貨)追跡サービスとは?オンチェーン分析とAMLコンプライアンスの最前線

Last Updated on 2026年2月28日 by Co-Founder/ Researcher

暗号資産(仮想通貨)は長らく「犯罪資金の温床」や「完全な匿名性を持つ」と誤解されてきました。しかし実際には、パブリックブロックチェーンは参加者全員に取引履歴が公開される「世界で最も透明な台帳」です。この公開されたオンチェーンデータを読み解き、サイバー犯罪の捜査や金融機関のマネーロンダリング対策(AML)を技術的に支援するのが「暗号資産追跡サービス」および「オンチェーン分析ツール」です。本記事では、ブロックチェーン分析のメカニズム、公的機関による採用実績(FACT)、そしてWeb3時代におけるコンプライアンスと自己主権的プライバシーの境界線を体系的に解剖します。

本記事の目的

  • ブロックチェーンの「匿名性」という誤解を解き、アドレスが特定される技術的メカニズム(ヒューリスティクス解析やクラスタリング)を構造的に理解する。
  • ChainalysisやArkhamなど、公的機関向け(BtoB)および一般・機関投資家向け(BtoC)の主要な分析ツールの役割と実際の導入事例を把握する。
  • 中央集権型取引所(CEX)への入金時における「オンチェーン可視性の限界」と、それを補完するトラベルルールの機能構造を客観的に認識する。

記事内容

ブロックチェーンは「匿名」ではなく「偽名(Pseudonymous)」

ビットコインやイーサリアムなどのパブリックチェーンでは、氏名や銀行口座番号の代わりに「0x…」や「bc1…」で始まる英数字の羅列(パブリックアドレス)が使われます。台帳そのものに直接的な個人情報は記録されていません。

しかし、一度でも「オンチェーンのアドレス」と「現実世界の個人情報(取引所のKYC/本人確認情報など)」が紐づけば、過去から現在、未来に至るすべての取引履歴を芋づる式に特定することが可能となります。これを完全な匿名性と区別して、暗号資産の世界では「偽名性(Pseudonymity)」と定義しています。

追跡サービスの技術的メカニズム

暗号資産追跡サービスは、単にブロックチェーンエクスプローラー(Etherscanなど)を目視で追うわけではありません。膨大なビッグデータを処理し、意味のあるインテリジェンスへと変換するために以下の高度な技術を用いています。

  • クラスタリング(Clustering): ブロックチェーン上の行動履歴(複数入力からの同時送金など)から、複数の異なるアドレスが「同一の管理主体」によって制御されていると推測し、グループ化する技術です。
  • ヒューリスティクス解析(Heuristics): 過去の犯罪パターンや取引の癖、トランザクションの署名構造などから、未知のアドレスの属性や関連性を確率論的に割り出す手法です。
  • アトリビューション(Attribution): 特定されたアドレス群に対し、「取引所A」「ハッカー集団B(北朝鮮のラザルスなど)」「ダークウェブ市場C」といった実世界のタグ(ラベル)を付与する作業です。

主要な追跡サービスと公的機関の導入実績

市場には、目的や利用ターゲットごとに異なる追跡・分析プラットフォームが存在し、すでに世界の治安維持インフラとして機能しています。

  • Chainalysis(チェイナリシス): 世界中の政府機関や法執行機関が採用する業界のデファクトスタンダードです。FBIは、同社の分析ツールを公式に導入・運用している実績があります。また、2025年7月には、ギリシャ当局が同社の「Chainalysis Reactor」を用いて、北朝鮮系ハッカー集団ラザルスが関与した14億ドル規模のBybitハッキング事件の盗難資金の一部を追跡・凍結した事例が公式に報告されています。
  • Elliptic(エリプティック) / TRM Labs: Elliptic(エリプティック)および TRM Labs は、金融機関や暗号資産取引所向けに AMLコンプライアンスやリスクスコアリング、トランザクション・ウォレットの監視機能を提供するブロックチェーン分析プラットフォームです。これらのツールは、疑わしい活動(例:制裁対象エンティティやランサムウェア関連アドレス)への警告やリスクレベル評価を可能にし、API 経由で取引所のコンプライアンスシステムに統合されることが一般的です。
  • Arkham Intelligence(アーカム):Arkham Intelligence(アーカム) は、オンチェーンデータを可視化・分析するプラットフォームです。特に大口アドレス(クジラウォレット)の動きやトランザクション履歴を視覚的に追跡する機能があり、投資判断や市場動向の補完的分析情報として、機関投資家やトレーダー、リサーチャーなどが利用可能です。

暗号資産規制の実装論:FATFトラベルルールとリスクスコアリングの現場

FATF(金融活動作業部会)の国際基準に基づき、多くの国では暗号資産交換業者に対してトラベルルールへの準拠が義務付けられています。これは送金元および受取人の顧客識別情報を安全に交換することで、マネーロンダリング等のリスクを低減する仕組みです。

この要件を満たすべく、取引所のシステムに Chainalysis や Elliptic 等のブロックチェーン分析サービスを API 経由で統合し、送金対象のウォレットやトランザクションのリスク属性をスコアリングしてアラートやリスク判定を生成し、AML / トラベルルール対応を実施している事例があります。

追跡の「壁」とオンチェーン可視性の限界

強力な追跡サービスにも技術的・構造的な限界が存在します。

資金が中央集権型取引所(CEX)の「オムニバスウォレット(全顧客の資金を一つにまとめた大金庫)」に入金された場合、公開されたオンチェーン上での可視性は著しく限定されます。 入金以後の資金移動は、ブロックチェーン上ではなく「取引所の内部帳簿(オフチェーン)」で処理されるためです。そこから先の資金の行方を追うには、オンチェーン分析ツールではなく、法執行機関による取引所への法的な情報開示請求(サビーナ)が必要不可欠となります。

また、ハッカーがミキサー(資金の出所を匿名化するスマートコントラクト)を使用した場合も、追跡の難易度は飛躍的に上昇します。

FAQ

Q. 自分の個人のウォレット(MetaMaskなど)の残高や取引履歴も誰かに追跡されていますか?

A. はい。パブリックチェーンを利用している以上、あなたのアドレスを知っている人であれば、Arkham等のツールを使って全取引履歴や保有トークンを誰でも閲覧可能です。ただし、自らSNS等でアドレスを公開したり、取引所のKYC(本人確認)情報がハッキング等で漏洩したりしない限り、そのアドレスが「あなた個人のものである」という実名と紐づくことは原則ありません。

Q. 取引所や自身のウォレットから盗まれた暗号資産は、追跡サービスを使えば必ず取り戻せますか?

A. いいえ。「追跡(資金が今どこにあるかを知ること)」と「回収(資金を取り戻すこと)」は全くの別物です。犯人のウォレットに資金がある状態をオンチェーンで追跡できても、ブロックチェーンの構造上、犯人の秘密鍵がなければ資金を強制的に動かすことはできません。資金を取り戻せる可能性があるのは、犯人が現金化のためにKYCが義務付けられた取引所(CEX)に資金を送金し、そこで取引所や警察がアカウントを「凍結」できたケース等に限られます。

Q. トラベルルールは日本の一般ユーザーにどのような影響を与えていますか?

A. 日本の国内取引所から海外取引所や個人のウォレットへ暗号資産を送金する際、受取人の氏名や送金目的を詳細に入力する義務が生じています。また、取引所が採用している情報共有システム(SygnaやTRUSTなど)が異なる取引所間では、システム上の互換性がないために直接の送金が制限されるケースがあり、コンプライアンス強化とユーザーの利便性の間でトレードオフが発生しています。

まとめ:構造理解のためのフレームワーク

暗号資産の追跡メカニズムとコンプライアンスの全体像を把握するためには、以下の「3つのレイヤー」で情報の流れと役割を整理することが有効です。

  1. オンチェーン・データ層: ブロックチェーン上に刻まれる、改ざん不可能で透明な生の取引データ(例:アドレスAからアドレスBへ〇〇ETH移動)。
  2. インテリジェンス(解析)層: ChainalysisやArkhamなどのツールが、生データに対してクラスタリングやヒューリスティクス解析を行い、「これは取引所」「これはハッカー」といった意味(タグ)を付与する推論レイヤー。
  3. アクション(執行)層: 解析結果のアラートを基に、取引所が送金をブロックしたり、警察・規制当局が法的権限を用いて口座を凍結・情報開示請求を行ったりする、実世界のコンプライアンスおよび法執行レイヤー。

この3つの層が連動することで初めて、暗号資産ネットワークの透明性が「社会的な治安維持(AML)」として実機能します。

Crypto Verseからのメッセージ

暗号資産は、初期のサイバーパンク的な「完全なる匿名・政府からの自由」というイデオロギーから、現在は「高度に追跡可能な透明な金融インフラ」へとその社会的な位置づけを大きく変化させています。一部のメディアで「仮想通貨=マネロンの道具」という古いナラティブが語られることがありますが、客観的なFACTを見れば、足のつかない現金(紙幣)の運搬よりもブロックチェーン上のデジタルな資金移動の方が遥かに追跡が容易であり、各国の法執行機関はこの技術を強力な武器として活用しています。

一方で、過度な監視は「個人のプライバシー」を侵害するリスクと常に隣り合わせです。コンプライアンス要件(トラベルルール等)を正しく理解しつつ、自分自身のプライバシーや資産を自己主権的にどう守るか(セルフカストディ)を学ぶことは、Web3時代を生き抜くための必須リテラシーと言えるでしょう。

データ参照元・出典

  • FATF(金融活動作業部会):暗号資産に関するガイダンス
  • Chainalysis:Crypto Crime Report(暗号資産犯罪レポート)および各国での押収事例報告
  • 金融庁:マネー・ローンダリング等対策の取組と課題

重要な注記

本記事で解説した追跡ツールやクラスタリング技術は、必ずしも100%の精度を保証するものではありません。過去のデータに基づくヒューリスティクス(確率的推論)に依存している部分があるため、無実のユーザーのアドレスが誤って「犯罪関連(汚染資金)」としてタグ付けされ、取引所のアカウントが凍結されるフォールス・ポジティブ(誤検知)のリスクも構造的に内包しています。また、各国の法規制やトラベルルールの運用基準は常にアップデートされているため、最新の規制動向については金融庁や利用する国内取引所の公式アナウンスをご自身で確認してください。

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Crypto Verseの視点

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免責事項

本記事は暗号資産追跡サービスの技術的構造およびコンプライアンス環境に関する客観的な情報提供のみを目的としており、特定のソフトウェアの利用推奨や法的なアドバイスを提供するものではありません。暗号資産の取引や送金に関する法規制(トラベルルール等)は各国の司法管轄により異なり、違反した場合は取引所アカウントや資金の凍結等の重大なリスクが伴います。記事内の情報の正確性や客観性には万全を期しておりますが、その完全性、最新性を保証するものではありません。当サイトの情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当サイト及び運営者は一切の責任を負いません。送金や自己資金の管理に関しては、必ずご自身の責任において法令や各取引所の規約を遵守して行ってください。

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ByCo-Founder/ Researcher

2015年、ITエンジニアリングの領域から暗号資産(Cryptocurrency)の世界へ。

当初、私の網膜を焼いたのは、証券市場には存在しない「眠らないマーケット」の衝撃でした。CEX(中央集権取引所)に渦巻いていた当時の熱狂とカオスは、単なる投機ではなく、次なる時代の胎動そのものでした。

やがて技術はDEX、そしてDeFiへと進化し、マネーは「プログラム可能な金融」へと昇華する。その過程で私が魅せられたのは、コードが自律的に経済圏を構築する「自律分散システム」の構造的な美しさです。

私の原点は、日本初の暗号資産「モナコイン(Monacoin)」にあります。誰の指示でもなく、コミュニティの熱量だけで経済が回り始める──その光景に見た「人間主権」の可能性こそが、今の私のコンパスです。

以来10年、最前線で観測し続けてきた技術の進化。「価格」というノイズを削ぎ落とし、その奥にある「技術の実装」と「社会変革の本質」を言語化すること。

2025年、成熟しつつあるデジタル経済の荒野において、読者が迷わずに歩める「信頼できる地図」を。ここ東京から、テクノロジーと人間の未来を記録します。

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